2007年01月31日

映画監督[おすぎ]

お待たせ!
映画ファン「映画監督・評論家編」
おすぎ



おすぎ(本名:杉浦 孝昭(すぎうら たかあき)、1945年(昭和20年)1月18日〜)は、タレント・映画評論家である。神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。
阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業。ファッション評論家のピーコは一卵性双生児の兄である。



来歴・概要

おすぎ」の芸名は本名の杉浦から。オカマキャラを全面に出して1975年のテレビ・ラジオデビュー以来、芸能界の第一線で活躍している(実際の芸能界入りはデビュー前の銀座の歌舞伎座系列の『歌舞伎座テレビ室(今でいうとテレビ番組のプロダクション)』のテレビ映画の制作進行補が最初との事)。本業の映画評論では本名の杉浦孝昭の名義で活動し、映画専門誌の「キネマ旬報」などに寄稿、当時から映画界で若手論者として高い評価を得ていた。美術系の技能を生かし数々の映画雑誌のレイアウトなどクリエイティブな仕事に編集者として携わる一方で、テレビでのタレント活動が、「おすぎとピーコ」として話題を呼んだ。本人の好き嫌いがはっきりしており、嫌いな芸能人が多数存在し、その代表が上沼恵美子と和田アキ子だと、普段からラジオ番組等で公言してはばからない。また石原慎太郎とも、「俺はナマコとオカマは大嫌いだ(慎太郎は同性愛嫌いであった)」なる暴言を吐いたことにおすぎが激怒し、猛烈な口論を繰り広げる遺恨があった(この件は佐高信が当時連載を持っていた「噂の真相」で石原批判のエピソードとして掲載している)。が、息子の石原良純とは上手く付き合っているようであり、「親が憎ければ子も憎い」のような感情は無いと思われる。36歳の時、両親を亡くし、1989年のピーコの眼球摘出手術により、ピーコが仕事が出来ない分自分が穴を埋めてやらねばと全国を飛び回っていたが、当時「おすぎとピーコ」の旬は過ぎていた為、病を機にピーコのレギュラー出演も打ち切られる番組が増え、中々仕事は無かった。その時、福岡のローカル局である九州朝日放送|KBCテレビから「月に一回でもいいから『情報回遊TV うるとらマンボウ|うるとらマンボウ』に出演して頂けませんか?」と打診を受ける。その後『うるとらマンボウ』『おすぎとコージのあぶない関係』にレギュラー出演するようになり、それ以来KBCには恩義があるのか、再び売れっ子に\xA1 $J$C$?:#$G$bKh=5F|!A7nMKF|!J%9%1%8%e!<%k$d5$>]>u67$r9MN8$7$FEZ! MK$+$iF~ $k>l9g$bM-$j!K$OJ!2,$KDL$C$F$$$k!JEv;~$+$i8=:_$^$G!"KBCアナウンス部及びラジオ制作部には「おすぎお世話係」なるものが存在している)。その他、福岡に通う以前から25年以上つながりのある札幌の札幌テレビ放送|STVにも、現在は隔週ながら火〜水曜日に通っている。一時期は映画評論家としての仕事をメインとし(切っ掛けは淡谷のり子の項目参照)、相変わらず全国を飛び回る日々を送っていた。だが、福岡関連で福岡放送制作の全国ネット番組『所的蛇足講座』に出演したことで全国ネットに久々に出演。同時期をピーコはファッション評論家の仕事メインで活動していたが、『SMAP×SMAP』での中居正広の物真似であるヒーコの影響から再ブレイクし、『おすぎとピーコ』のパッケージとして再びお茶の間にお馴染みとなった。双方単独の仕事も非常に多くなっている。毎週レギュラーを持つほど福岡での仕事が多い為、福岡ソフトバンクホークスとアビスパ福岡の大ファンであり、特に川崎宗則を「ソウくん」、\xA1 ?73@=m$r!V$J$.$5!W$H8F$s$G2D0&$,$C$F$*$j!"$=$NG.0U$O!"?73@$,>!Mx$r5s$2$?F|$d@n?が活躍した日には誰よりも早く一番に祝福の電話を入れるほどで、2005年、ホークスがプレーオフで破れ日本選手権シリーズ|日本シリーズ出場を逃した際には、『アサデス。』の放送中に号泣したほどである。また、ピーコも近年全国ネットの番組で「おすぎはホークス大好き人間なのよ」と言う事が多い(余談だが、ピーコも何度か『アサデス。』にゲスト出演している)。2006年8月28日放送の『みのもんたの“さしのみ”』内にて、みのもんたからのプレゼントで、川崎と新垣からのメッセージに感激の涙を流していた。現在の本命のタイプは新垣のようである。現在、木曜日レギュラー(2006年春より)の『森田一義アワー 笑っていいとも!』では初登場(2002年春に火曜日隔週レギュラーとして)以来長らく、オープニングでのステージの立ち位置がレギュラー陣の中で最も下手(しもて)で、出演歴が長くなって後輩のレギュラー出演者が増えても、恥ずかしいのぁ +0l8~$KCf1{$K4s$m$&$H$7$J$+$C$?!#$7$+$72006年秋からは自拭 H$h$j8E3 t$N=P1iMKF|%l%.%e%i!PJ!DbDaIS$7$+$$$J$/$J$C$?$3$H$b$"$C$F!"J"$r3g$C$?$N$+%9%F!<%8Cf1{$NDaIS$NNY$KN)$D$h$&$K$J$C$?!#$^$?%l%.%e%i!<=P1i0JA0$N!X>P$C$F$$$$$H$b!』2001年11月23日放送分にゲストとして出演した際、タモリから「軍人顔」と指摘されその年の特大号で関根勤がおすぎの物まねをして登場した際「古い軍人顔」替え歌で歌っていた。おすぎは多数の芸人に物まねされるほどの特徴的な人物だが、本人はまねされるのを嫌っている。不快感を示さないのは関根勤|彼のもののみである。以前、自らレギュラー出演していた『爆笑おすピー大問題!!』で自身のAA(アスキーアート)が紹介され、おすぎ自身に絶賛させた。最近はこのAAが2ちゃんねるの「私のニュース」や「バカニュース」でネタとして頻繁に見かけられる。



批評・映画評論
*キネマ旬報(1981-1993)に長く寄稿した後、広告批評等の雑誌に移る。キネマ旬報に寄稿しなくなった理由は不明だが、キネマ旬報のGW特集(1993年5月)以後、1996年6月までの3年間、おすぎは映画評論活動をしていなかった。

  • 淀川長治との共著が多数ある。長年「淀川を殺してでも淀川になるっ!」と言っていたほどだったが、実際は淀川長治が病気になった時には弁当を作ってお見舞いに行くほどまでに親交が深かった。試写会で隣同士になった時には淀川がおすぎの口の中に持参のチョコレートを入れてあげていたとのこと(ピーコ・阿川佐和子の項目にある参考文献や著書に明記されている)。

  • 映画のコマーシャル|CMにナレーションとして出演することが多いが、「映画評論家」という本職であり、映画を公平な立場から批評すべきであるにもかかわらず、特定の映画のCMに高額のギャラを払われて出演するのは問題だと、ビートたけし|ビートたけし(北野武)など一部から批判を受けている。事実、CM出演しない映画には辛らつな批判や悪口雑言が目立つ。

  • 好き嫌いという尺度でしか映画を語れない彼は、映画評論家とは言えないなどの批判も存在する(本人も自覚しているようである)。

  • 各映画への評価として下記のものが挙げられる。
    ・マトリックス・リローデッド
    :『いくらお金を払ってでも見に行きたい。』(『SmaSTATION』)
    ・ゲド戦記
    :『ごみみたい。』(『吉田照美のやる気MANMAN!』2006年7月20日)
    :『音楽がいい』『(スタジオジブリの宮崎駿|宮崎)宮崎駿|駿さんのスタッフが描いてるから絵が素敵』『演出が駄目』
    ・ローレライ (映画)|ローレライ
    :『映画観るより終戦のローレライ|原作読んだほうがいい。』(『PAO〜N』)


    [映画評論文]

    杉浦孝昭名義(1981-1998)及びおすぎ名義(1998- )のもの一覧;おすぎ名義
    ・映画「寝ずの番」監督 マキノ(津川)雅彦VS.おすぎ--日本映画を斬る / マキノ(津川) 雅彦 ; おすぎ 週刊朝日. 111(19) (通号 4745) [2006.4.14]
    ・予測 映画(特集 総予測 2002年) -- (社会・文化) / おすぎ 週刊ダイヤモンド. 90(1) (通号 3915) [2001・02.12・1.29・5]
    ・「お母さんみたいなお父さん」淀川長治 好みのタイプ (20世紀の21人 聞けなかった遺言) / おすぎ 週刊朝日. 105(58) (通号 4418) [2000.12.29]
    ・私が偏愛する3つの名作 (追悼 黒沢明) / おすぎ ; 小室 等 ; 佐藤 忠男 他 週刊朝日. 103(42) [1998.09.25];杉浦孝昭名義
    ・おしゃべり映画講座(第120回)「ぼくのバラ色の人生」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 221) [1998.11]
    ・おしゃべり映画講座 第119回 「ビッグ・リボウスキ」「地球は女で回ってる」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 220) [1998.10]
    ・おしゃべり映画講座(第118回)「河」「アナスタシア」「ライブ・フレッシュ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 219) [1998.09]
    ・おしゃべり映画講座 第117回「ボクサー」「ディープ・インパクト」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 218) [1998.08]
    ・おしゃべり映画講座 第116回「ブルース・ブラザース2000」他 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 217) [1998.06]
    ・おしゃべり映画講座 第115回「恋愛小説家」「ジャッキー・ブラウン」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 216) [1998.05]
    ・おしゃべり映画講座 第114回「シーズ・ソー・ラヴリー」他 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 215) [1998.04]
    ・おしゃべり映画講座(第113回)「アミスタッド」,「フェイス/オフ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 214) [1998.03]
    ・おしゃべり映画講座 第112回 「ゲーム」「世界の始まりへの旅」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 213) [1998.02]
    ・おしゃべり映画講座(第111回)「桜桃の味」「HANA-BI」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 212) [1998.01]
    ・おしゃベり映画講座(110)「メン・イン・ブラック」「ブラス!」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 211) [1997.12]
    ・おしゃべり映画講座(109)「タンゴ・レッスン」「キャリア・ガール」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 210) [1997.11]
    ・おしゃべり映画講座-108-「世界中にアイ・ラブ・ユー」「萌の朱雀」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 209) [1997.10]
    ・おしゃべり映画講座-107-「フィフス・エレメント」「ベント」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 208) [1997.09]
    ・おしゃべり映画講座-106-「ネオン・バイブル」「アントニア」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 207) [1997.08]
    ・おしゃべり映画講座-105-「枕草子」「祝祭」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 206) [1997.06]
    ・おしゃべり映画講座-104-「八日目」「エマ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 205) [1997.05]
    ・おしゃべり映画講座(103)「イングリッシュ・ペイシェント」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 204) [1997.04]
    ・おしゃべり映画講座-102-「スリーパーズ」「シャイン」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 203) [1997.03]
    ・おしゃベり映画講座-101-「エビータ」「クラッシュ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 202) [1997.02]
    ・おしゃべり映画講座-100-「奇跡の海」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 201) [1997.01]
    ・おしゃべり映画講座-96-「アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生」「秘密と嘘」--人間を見つめる目が光る / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 200) [1996.12]
    ・おしゃべり映画講座-98-「記憶の扉」「42丁目のワーニャ」「ファーゴ」--映画の語り口を堪能する3本(対談) / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 199) [1996.11]
    ・おしゃべり映画講座-97-「ケロッグ博士」「世にも憂鬱なハムレットたち」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 198) [1996.10]
    ・おしゃべり映画講座(96)「フィオナの海」「リービング・ラスベガス」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 197) [1996.09]
    ・おしゃべり映画講座-95-「キッズ・リターン」「蜂の旅人」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 196) [1996.07]
    ・おしゃべり映画講座-94-「いつか晴れた日に」「ヒート」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 195) [1996.06]
    ・Golden Week映画特集--ゴールデンウィーク映画を見る楽しみ--掘り出し物を見つけること / 座談会 黒田 邦雄 ; 座談会 おすぎ ; 座談会 きさらぎ 尚 キネマ旬報. (通号 1105) [1993.05.01]
    ・お正月映画座談会--個性豊かな3人,それぞれのお薦めは…<特集> / おすぎ ; きさらぎ 尚 ; 黒田 邦雄 キネマ旬報. (通号 1097) [1993.01.01]
    ・夏休み映画座談会--「誰が何と言おうと,ワタシはこれがお薦めです」 / おすぎ ; 黒田 邦雄 ; きさらぎ 尚 キネマ旬報. (通号 1088) [1992.08.15]
    ・縦横無尽 (1990年正月映画全作品徹底ガイド--日本映画&外国映画<特別企画>) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 おすぎ キネマ旬報. (通号 1023) [1989.12.01]
    ・'89夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 1014) [1989.07.15]
    ・縦横無尽 (1989正月映画全作品徹底ガイド) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 998) [1988.12.01]
    ・四季版「怪人(ファントム)」に魅せられて (「オペラ座の怪人」をめぐって) / 杉浦 孝昭 新劇. 35(7) [1988.07]
    ・「ノー・マーシイ--非情の愛」<特集> / 杉浦 孝昭 他 キネマ旬報. (通号 960) [1987.05.15]
    ・縦横無尽--'87お正月映画ガイド座談会 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 950) [1986.12.15]
    ・'86年お正月映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 杉浦 孝昭 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 925) [1985.12.15]
    ・'85年夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 915) [1985.07.15]
    ・'85年お正月映画ガイド座談会--縦横無尽 / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 900) [1984.12.15]
    ・夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 890) [1984.07.15]
    ・縦横無尽--'84年正月映画ガイド座談会 / 杉浦 孝昭 ; 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 875) [1983.12.15]
    ・縦横無尽--お金と時間をムダにしないための夏休み映画ガイド座談会 / 杉浦 孝昭 ; 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 865) [1983.07.15]
    ・外国の若者にも充分受け入れられる映画なんだ (「俺っちのウエディング」<特集>) / 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 857) [1983.04.01]
    ・'83年正月映画10本を30倍楽しむためのガイド座談会 / 双葉 十三郎 ; 杉浦 孝昭 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 849) [1982.12.01]
    ・トリュフォーの"恋の色" (「隣の女」<特集>) / 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 850) [1982.12.15]
    ・82年夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 840) [1982.07.15]
    ・16本の正月映画--縦横無尽 (話題の82年正月映画特集) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 杉浦 孝昭 ; 座談会 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 826) [1981.12.15];単行本
    おすぎとピーコのこの映画を見なきゃダメ!! / おすぎ,ピーコ. -- 学習研究社, 2005.12
    おすぎです。映画を観ない女はバカになる / おすぎ. -- 主婦と生活社, 2004.12
    ・映画が終わったその夜に / 杉浦孝昭. -- TaKaRa酒生活文化研究所, 1999.4. -- (酒文ライブラリー)
    おすぎのいい映画を見なさい. 3 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    おすぎのいい映画を見なさい. 2 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    おすぎのいい映画を見なさい. 1 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    ・おしゃべりな映画館. 4 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1997.10
    ・おしゃべりな映画館. 3 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1994.7
    おすぎの私家版映画年鑑. 1989-1991 / 杉浦孝昭. -- メディアファクトリー, 1992.10
    ・おしゃべりな映画館. 2 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1991.4
    ・おしゃべりな映画館 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1990.5
    ・捨て鉢ほめ捨て捨て台詞 / 杉浦孝昭. -- 話の特集, 1986.8
    おすぎのシネマトーク / 杉浦孝昭. -- シネ・フロント社, 1986.5



    レギュラー番組




    [現在]




    [テレビ]


  • 森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビジョン|フジテレビ):木曜日

  • 情報プレゼンター とくダネ!(フジテレビ):金曜日

  • アサデス。(九州朝日放送|KBCテレビ):月曜日

  • おすぎのシネバラ!(チャンネルNECO・スカイパーフェクTV261ch)

  • おすピー&ロンブーの起きなさいよッ!!(フジテレビ)

  • SMAP×SMAP(フジテレビ)不定期出演


    [ラジオ]


  • 吉田照美のやる気MANMAN!(文化放送、マイクサイドボクシング俺に言わせろ!):木曜日

  • PAO〜N(KBCラジオ):月曜日

  • 工藤じゅんきの十人十色(STVラジオ):隔週水曜日


    [過去]




    [テレビ]


  • スーパーモーニング(テレビ朝日):コメンテーター

  • 2時のホント(フジテレビ):月末最終金曜日の『おすぎとピーコのシネマサロン』のコーナー

  • ジャスト (情報番組)|ジャスト(東京放送|TBSテレビ):月末最終金曜日の『おすぎとピーコのシネマサロン』のコーナー

  • 所さん&おすぎの偉大なるトホホ人物伝(テレビ東京)

  • ものまね王座決定戦審査員(おすぎとピーコとして)(フジテレビ)

  • 金のA様×銀のA様(日本テレビ放送網|日本テレビ)

  • ハッピーボーイズ!→ハッピーボーイズアワー爆笑おすピー問題!→爆笑おすピー大問題!!(フジテレビ)



    [ラジオ]


  • おすぎのいいすぎ!?(ニッポン放送、『垣花正のニュースわかんない!?』内、2003年〜2004年)

  • おすぎの素晴らしきシネマランド(STVラジオ、1985年〜1989年)

  • おすぎと洋二の言いすぎたかしら(STVラジオ、1991年〜1994年)

  • おすぎの美しくなりたい(STVラジオ、1996年10月〜1999年4月)

  • おすぎと俊介の普通じゃナイト(STVラジオ、1999年4月〜1999年9月)

  • おすぎとコージのあぶない関係(KBCラジオ、〜2003年3月、PAO〜Nスタートに伴い発展的終了)

  • 中村もときの通勤ラジオ(KBCラジオ、〜2003年3月、PAO〜Nスタートに伴い降板、番組自体は現在も放送中)



    著書


  • やっぱり出たか おすぎの猛毒!! ― 芸能界てんやわんや(光文社、1984年1月)

  • おすぎの男はこんな料理(お・ん・な)が食べたい ― 男の味覚と気持ちがわかる本(主婦と生活社、1984年9月)

  • おすぎのシネマトーク(シネ・フロント社、1986年5月)

  • おすぎの私家版映画年鑑〈1989‐1991〉(メディアファクトリー、1992年9月)

  • いまの日本の大問題(扶桑社、1994年6月 佐高信との共著)

  • おすぎの大料理(文化出版局、1995年5月 料理本)

  • おすぎのいい映画を見なさい(芳賀書店、1998年12月 北九州都市圏で発行されているタウン情報誌「おいらの街」での連載をまとめたもの、全3巻)ここまで本名の杉浦孝昭名義で出版(「いまの日本の大問題」を除く)、以降はおすぎ名義で出版したもの。*おすぎです。映画を観ない女はバカになる!(主婦と生活社、2004年12月 雑誌「JUNON」での連載をまとめたもの)

  • バカバカバカ!(ぺんぎん書房、2005年7月 「薔薇族」での連載をまとめたもので、初のエッセイ集である)

  • 愛の十三夜日記(ダイヤモンド社、2005年9月 「日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合|CDV-JAPAN」での連載をまとめたもの)

  • おすぎとピーコのこの映画を見なきゃダメ!!(学習研究社、2005年11月 ピーコとの共著で、テレビ情報誌「TV LIFE」での連載をまとめたもの)



    関連項目・人物


  • 神奈川県出身の有名人一覧

  • 映画評論家一覧

  • ピーコ

  • 淀川長治

  • 王貞治

  • 川崎宗則

  • 新垣渚

  • 松中信彦

  • 沢田幸二

  • 原田愛子

  • 近藤鉄太郎

  • 徳永玲子

  • 西田たかのり

  • 児玉育則

  • 逸見明正


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    2007年01月30日

    映画監督[快楽亭ブラック]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    快楽亭ブラック



    快楽亭 ブラック(かいらくてい ぶらっく)は、落語家の名跡。当代は2代目。*快楽亭ブラック_(初代) - 明治・大正に活躍した。イギリス国籍。
    漫画「美味しんぼ」の美味しんぼの登場人物#山岡たちの知り合い|登場人物である落語家の高座名。初代より命名されており、本名も同じである(2代目の襲名以前より、作品に登場している)。なお、モデルとなった初代と違ってアメリカ人である。

  • 快楽亭ブラック_(2代目) - 昭和・平成に活躍。日本人とアメリカ人のハーフ。

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    2007年01月29日

    映画監督[中平康]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    中平康



    中平 康(なかひら こう、大正15年(1926年)1月3日 - 昭和53年(1978年)9月11日)は、映画監督。東京市滝野川区生まれ。昭和23年(1948年)、東京大学文学部美術科入学。同年、松竹大船撮影所の戦後第1回監督募集に応募、1500人中8人の内(他に鈴木清順、松山善三、斉藤武市ら)に撰ばれ、松竹入社。川島雄三、木下恵介、渋谷実、黒澤明等の助監督を務める。昭和29年(1954年)、日活に移籍。昭和31年(1956年)、『狙われた男』で監督昇格。二作目の『狂った果実』がフランソワ・トリュフォーら、ヌーヴェルヴァーグの作家たちに絶賛された。昭和47年(1971年)には、中平プロダクションを設立。『闇の中の魑魅魍魎』がカンヌ映画祭コンペティション部門に撰ばれる(この作品は評価が低かったため、選考から漏れた大島渚は憤慨した)。香港のショウ・ブラザーズ、韓国の申フィルムに招かれ数作を残している。昭和53年(1978年)9月11日、胃癌のため52歳の若さで死去。


    !
    監督作品


  • 狙われた男(処女作だが公開は『狂った果実』の後)

  • 狂った果実

  • 学生野郎と娘たち

  • あいつと私

  • 若くて、悪くて、凄いこいつら

  • 危いことなら銭になる

  • 泥だらけの純情

  • 月曜日のユカ

  • ザ・スパイダースの大進撃

  • 狂戀詩 Summer Heat

  • 獵人 Diary of a Lady-killer

  • 栄光への反逆

  • 闇の中の魑魅魍魎

  • 混血児リカ

  • 変奏曲

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    2007年01月28日

    映画監督[大森一樹]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    大森一樹



    大森 一樹(おおもり かずき、1952年3月3日 - )は映画監督。大阪市生まれ。京都府立医科大学医学部卒業。医師免許を持つ珍しい映画監督。兵庫県芦屋市在住。2004年より大阪芸術大学芸術学部映像学科客員教授。



    作品


  • 1977年『オレンジロード急行』(第3回城戸賞)

  • 1981年『風の歌を聴け』(監督・脚本)

  • 1986年『恋する女たち』(文化庁優秀映画賞、第11回日本アカデミー賞優秀脚本賞・優秀監督賞)

  • 1988年『ゴジラVSビオランテ』(脚本・監督)

  • 1989年『花の降る午後』(脚本・監督)

  • 1991年『ゴジラVSキングギドラ』(脚本・監督)

  • 1992年『ゴジラVSモスラ』(脚本)

  • 1995年『ゴジラVSデストロイア』(脚本)

  • 1996年『わが心の銀河鉄道〜宮沢賢治物語』(第29回日本アカデミー賞優秀監督賞)

  • 2002年『T.R.Y. トライ』(監督)

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    2007年01月27日

    映画監督[高畑勲]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    高畑勲



    高畑 勲(たかはた いさお、男性、1935年10月29日 - )は、三重県伊勢市出身の
    映画監督、プロデューサー。岡山県立岡山朝日高等学校、東京大学文学部フランス文学|仏文科卒業。市川崑監督と同郷。(小津安二郎監督は同市の中学校卒業者)愛称は「パクさん」。趣味は音楽鑑賞と勉強。



    人物・概要

    日本のアニメを黎明期から支えてきた人物で「火垂るの墓」「アルプスの少女ハイジ (アニメ)|アルプスの少女ハイジ」等の演出で知られる。作画の経験がほとんどない一貫した演出家である。アニメーション以外にも、水郷柳川市の風情を撮影した「柳川掘割物語」といった実写のドキュメンタリー作品や人形劇の演出も手がけている。学生時代からフランスの詩人・脚本家であるジャック・プレヴェールの作品を愛好し影響を受けており、彼の名詩集《''Paroles''》(邦訳題名『ことばたち』)の日本初完訳(2004年)という仕事も行っている。
    また、フランスの長編アニメーション映画?キリクと魔女?日本語版の字幕翻訳・演出、さらに原作本の翻訳も手がけている。同じくフランスの長編アニメーション映画「王と鳥」の字幕翻訳も手がけた。
    「紅の豚」の劇場用パンフレットではさくらんぼの実る頃(原題: Le Temps des cerises)の訳詞を載せている。大学卒業後、東映動画に入社し、、「わんぱく王子の大蛇退治」で演出助手になり、テレビアニメ「狼少年ケン」で演出デビュー。その仕事ぶりを大塚康生に認められ、長編アニメ「太陽の王子ホルスの大冒険」の演出(≒監督)に抜擢される。ホルスは興行的には惨敗するが高い評価を得る。その後Aプロダクションや日本アニメーション、テレコム・アニメーションフィルムでの職を経て、1985年、徳間書店が宮崎駿の映画製作の為に設立したスタジオジブリに宮崎に請われて参加する。現在もスタジオジブリに所属し、個人事務所の畑事務所を持つ。別名義にテレビシリーズの「じゃりン子チエ」の演出時に使った同作品の副主人公名に由来する武元哲(たけもとてつ)がある。現在スタジオジブリで新作を準備している。宮崎駿やプロデューサーの鈴木敏夫、元同僚の人々から「パクさん」と呼ばれることが多いが、これは東映動画時代に高畑がよく遅刻して食パンをパクパク食べていたことからついたニックネーム。ロシアのアニメ作家ユーリ・ノルシァ e%F%$%s$H$b8rN.$,$"$k!#



    宮崎駿との関係

    アニメーション作家・映画監督の宮崎駿は東映動画(現・東映アニメーション)時代の後輩である。また、「太陽の王子ホルスの大冒険」から「おもひでぽろぽろ」に至るまで、永年共に作品を作ってきた盟友でもある。東映動画時代、組合活動を通じて(まだ一アニメーターに過ぎなかった)宮崎に与えた思想的影響は大きいと言われている。東映動画を離れて以降も共に作品を作り続け、演出面でも宮崎に影響を与えたと言われている。但し、現在は二人の作風や思想に埋めがたい溝があり、二人三脚で作品を作ることはなくなっている。(作風の違いについては宮崎駿の項参照)高畑は現在の二人の立場の違いを「ジブリは宮崎駿のスタジオ。彼は役員だが僕は違うし…」と語っている。(こどもの城(渋谷)での講演より)
    とはいっても、今でも互いの才能は認めている。例えば、高畑は「となりのトトロ」を、「子供たちは森にトトロがいる可能性を感じられるようになった」と評価している。また、宮崎が基本設計した「三鷹の森ジブリ美術館」を激賞し、その建築的意義を称えている。他方宮崎は、その三鷹の森ジブリ美術館で開催された「アルプスの少女ハイジ (アニメ)|アルプスの少女ハイジ展」で、高畑の演出を評価しながら詳細な解説を行った。



    仕事
    緻密な構成力を有し、アニメーションでありながら、リアルで自然な説得力のある世界観を追求している。演出家であるものの、絵は描けず、制作の際は、口述や筆記によって自身の演出プランを展開させ、それを作画技術を持つスタッフが絵コンテにまとめるという形式を
    とっている。
    (ただし宮崎と組んだ時などには、どんな物語にするか?、プロットは?、一つ一つの情景は?、という事を綿密に打ち合わせて、共通のイメージが出来上がった時点で絵にしていく、という繰り返しで、物語を作る際に宮崎は膨大な量のイメージボードを描いている。、それがスタッフ共通のイメージとなって進行していく事が多く、母をたずねて三千里 の脚本の深沢一夫は、宮崎のイメージボードで出てきた着想も多かったと語っている。)高畑の演出には、「この主人公の座っている椅子から何歩歩けばベットまで付くか?」といった緻密な作画を必要とするが、一方、主人公が空想に浸っている時の超現実的な描写も得意とするところである。スタジオジブリの作品中、高畑が手がけた作品以外にも、ダイダラボッチ(もののけ姫)や油屋(千と千尋の神隠し)、岩戸屋(猫の恩返し)などに故郷に関するものが時々出てくるなどスタジオジブリで製作される作品には多方面に渡り高畑の影響が見え隠れしている。しかしながら、制作のスピードに関しては、宮崎が「パクさんはナマケモノの子孫です」と譬えるほど、遅筆である。「太陽の\xA1 2&;R%[%k%9$NBgKA81!W$G$O!"%W%m%G%e!<%5!<$,2?EY$b8rBe$9$k$[$I$G$"$C$?!#
    また火垂るの墓の製作に参加した庵野秀明は「人を人と思わない。冷たいというか、計算の人ですよね。」と語っている(庵野はこの作品で、丹念に描き込んだ軍艦のカットが夜景の影でほとんど黒く塗り潰されるという経験をした)。(この文章は、引用が明確でないので注意が必要である)
    企画に関してもすぐに内容の逸脱も頻繁におき、作品の内容も娯楽性の乏しさがあるなど商業的な映画作家としては、活動において致命的な欠点を持っている。
    (この文章は、根拠が乏しい批判の為、注意が必要である)



    手がけた主要作品


  • 1962年 鉄ものがたり (演助進行(演出助手と制作進行を兼任することを指す)

  • 1963年 わんぱく王子の大蛇退治 (演出助手)

  • 1963年 暗黒街最大の決闘 (助監督)

  • 1964年 狼少年ケン おばけ嫌い ジャングル最大の作戦 (演出)

  • 1965年 狼少年ケン 誇りたかきゴリラ (演出)

  • 1968年 太陽の王子ホルスの大冒険 (演出)

  • 1971年 長くつ下のピッピ ※アニメ化権取得に失敗

  • 1971年 ルパン三世 (演出)(大隅正秋降板後、宮崎と共に「Aプロダクション演出グループ」名義で参加)

  • 1972年 パンダコパンダ (監督)

  • 1973年 パンダコパンダ 雨降りサーカスの巻 (監督)

  • 1974年、1975年、1979年 アルプスの少女ハイジ (アニメ)|アルプスの少女ハイジ (演出)

  • 1976年、1980年 母をたずねて三千里 (演出)

  • 1979年 赤毛のアン (アニメ)|赤毛のアン (演出・脚本)

  • 1981年 じゃりン子チエ (監督・脚本) ※劇場版

  • 1981年、1982年、1983年 じゃリン子チエ (チーフディレクター、絵コンテ、演出) ※テレビ版

  • 1982年 セロ弾きのゴーシュ (監督・脚本)

  • 1982年 夢の国のリトル・ニモ|ニモ (日本側演出) ※1983年3月12日に降板

  • 1984年 風の谷のナウシカ (プロデューサー)

  • 1986年 天空の城ラピュタ (プロデューサー)

  • 1987年 柳川堀割物語 (監督・脚本)

  • 1988年 火垂るの墓 (監督・脚本)

  • 1991年 おもひでぽろぽろ (監督・脚本)

  • 1994年 総天然色漫画映画 平成狸合戦ぽんぽこ (原作・監督・脚本)

  • 1999年 ののちゃん#ホーホケキョ となりの山田くん|ホーホケキョ となりの山田くん (監督・脚本)



    賞歴


  • 1998年 紫綬褒章を受章。



    関連書籍


  • 高畑勲「ホルスの映像表現」(ISBN 4196695140)

  • 高畑勲「映画を作りながら考えたこと」(ISBN 4195546397)

  • 高畑勲「十二世紀のアニメーション―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」(ISBN 4198609713)

  • 高畑勲「木を植えた男を読む」(ISBN 4193642798)

  • 高畑勲「話の話―映像詩の世界」(ISBN 4196695248)

  • 高畑勲・宮崎駿・鈴木伸一・おかだえみこ「アニメの世界 とんぼの本」(ISBN 4106019566)

  • 大塚康生「作画汗まみれ 増補改訂版」( ISBN 4198613613)

  • 大塚康生「リトル・ニモの野望」(ISBN 4198618909)

  • ミッシェル・オスロ「キリクと魔女」(ISBN 4198616906) 翻訳

  • ジャック・プレヴェール「ことばたち」(ISBN 4835609603) 翻訳



    関連記事


  • 宮崎駿

  • スタジオジブリ




    外部リンク


  • スタジオジブリ

  • 高畑勲ネット

  • 高畑勲・宮崎駿作品研究所

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    2007年01月25日

    映画監督[瀬々敬久]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    瀬々敬久



    瀬々 敬久(ぜぜ たかひさ,1960年 - )は日本の映画監督。大分県出身。京都大学文学部哲学科卒業。
    1985年自主制作映画「ギャングよ、向こうは晴れているか」で高い評価を得た後、1989年「課外授業・暴行」で監督デビュー。
    ピンク映画から活動を始める。サトウトシキ、佐野和宏などとともに、ピンク四天王と呼ばれる。1997年より一般劇場映画に進出する。



    作品

    1989年

  • 課外授業 暴行
    1994年

  • 本番レズ 恥ずかしい体位 ( 九月の堕天使 )

  • 高級ソープテクニック4 悶絶秘戯 ( 迦楼羅の夢 )
    1995年

  • 終わらないセックス ( 夜鳴く蝉 )

  • すけべてんこもり ( あおかん白書 南の島へ連れてって / End of The World )
    1997年

  • KOKKURI こっくりさん

  • 黒い下着の女 雷魚 ( 雷魚 )
    1999年

  • 汚れた女
    1999年

  • アナーキー・インじゃぱんすけ 見られてイク女 ( アナーキー・インじゃぱんすけ 連鎖誘拐 / 神様あんたただの役立たずじゃねえか )
    2000年

  • HYSTERIC
    2001年

  • SFホイップクリーム

  • RUSH!

  • トーキョー×エロティカ 痺れる快楽
    2002年

  • ドッグ・スター
    2003年

  • MOON CHILD (映画)|MOON CHILD
    2004年

  • ユダ

  • サンクチュアリ ( just a like woman / mrs )
    2005年

  • 肌の隙間
    2006年

  • 刺青2


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    2007年01月24日

    映画監督[工藤栄一]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    工藤栄一



    工藤栄一(くどう えいいち、本名同じ。1929年7月17日 - 2000年9月23日)は、昭和中期〜後期・平成期の映画監督。北海道苫小牧市の生まれ。



    来歴

    北海道庁立苫小牧中等学校(現在は道立北海道苫小牧東高等学校|苫小牧東高等学校)から慶應義塾大学予科を経て1952年、同大学法学部を卒業。同年4月、東映に入社。最初は本社の企画部を経て、1954年、京都撮影所に転属。制作部助監督となる。1959年9月、「富嶽秘帖」で監督に昇進。以後、時代劇黄金時代の東映で、数多くのチャンバラ活劇を手がけた。60年代中期、チャンバラもののブームが過ぎた後は、集団抗争劇へ移行し、「十三人の刺客」(1963年)、「大殺陣」(1964年)を生み出す。
    特に「十三人〜」では、第11回京都市民映画祭で監督賞を受賞している。60年代後半から東映の新たな主流路線となった任侠ものでも、「日本暗黒史・血の抗争」(1967年)、「同・情無用」(1968年)の実録やくざ映画を手がけた。この時期と前後して、70年代には舞台をテレビ映画に移す。特に朝日放送|ABCテレビの人気時代劇『必殺シリーズ』では、2作目の『必殺仕置人』から演出に参加。一時期を除き、50本を演出。劇場映画「必殺!III 裏か表か」でもメガホンを取る。また日本テレビ放送網|日本テレビ系の伝説的ドラマ「傷だらけの天使」でも最多の6本を手掛けた。80年代から再び映画に復帰、「仁義なき戦い|その後の仁義なき戦い」(1979年)、「影の軍団・服部半蔵」(1980年)、「ヨコハマBJブルース」(1981年)、「野獣刑事(デカ)」(1982年)、「リング・リング・リング/涙のチャンピオンベルト」(1993年)などを監督した。2000年9月23日、脳幹出血のため死去。享年71。



    監督作品




    [ 映画 ]


  • 富嶽秘帖

  • 富嶽秘帖・完結篇

  • 次郎長血笑記・秋葉の対決

  • 次郎長血笑記・殴り込み道中

  • 蛇神魔殿

  • ひばり捕物帖・折鶴駕籠

  • 次郎長血笑記・富士見峠の対決

  • 次郎長血笑記・殴り込み荒神山

  • 天竜母恋い笠

  • 花かご道中

  • 八荒流騎隊

  • 魚河岸の女石松

  • 右門捕物帖・まぼろし燈籠の女

  • 花のお江戸のやくざ姫

  • 権九郎旅日記

  • お姫様と髭大名

  • 胡蝶かげろう剣

  • 血文字屋敷

  • 変幻紫頭巾

  • 忍者秘帖・梟の城

  • 若様やくざ・江戸っ子天狗

  • 十三人の刺客

  • 大殺陣

  • 任侠木曽鴉

  • やくざGメン・明治暗黒街

  • 女犯破戒

  • 日本暗黒史・血の抗争

  • 十一人の侍

  • 日本暗黒史・情無用

  • 産業スパイ

  • 五人の賞金稼ぎ

  • やくざ対Gメン・囮

  • まむしの兄弟・二人合わせて30犯

  • その後の仁義なき戦い

  • 影の軍団・服部半蔵

  • ヨコハマBJブルース

  • 野獣刑事(デカ)

  • 逃がれの街

  • 必殺!III 裏か表か

  • 高瀬舟

  • ウォータームーン

  • 泣きぼくろ

  • 赤と黒の熱情

  • リング・リング・リング/涙のチャンピオンベルト

  • 安藤組外伝・群狼の系譜


    [ オリジナルビデオ|OV ]


  • 裏切りの明日

  • 追いつめる


    [ テレビドラマ ]


  • 剣(日本テレビ放送網|日テレ)

  • ゴールドアイ(日テレ)

  • 傷だらけの天使(日テレ)

  • 祭ばやしが聞こえる(日テレ)

  • 柳生十兵衛(フジテレビジョン|フジテレビ)

  • 徳川おんな絵巻_(テレビドラマ)|徳川おんな絵巻(関西テレビ放送|関西テレビ)

  • 江戸巷談 花の日本橋(関西テレビ)

  • 忍法かげろう斬り(関西テレビ)

  • 隼人が来る(フジテレビ)

  • 新・座頭市(フジテレビ)

  • 柳生一族の陰謀(関西テレビ)

  • 服部半蔵・影の軍団(関西テレビ)

  • 弐十手物語(フジテレビ)

  • 大岡越前(東京放送|TBS)

  • 必殺シリーズ(朝日放送|ABC)

  • 風の中のあいつ(TBS)

  • おしどり右京捕物車(ABC)

  • 斬り抜ける(ABC)

  • 影同心(毎日放送|毎日テレビ)

  • 京都殺人案内1・花の棺(ABC、土曜ワイド劇場)

  • 草壁署迷宮課おみやさん|迷宮課刑事おみやさん(ABC)

  • 月影兵庫あばれ旅(テレビ東京)

  • 大忠臣蔵(テレビ東京開局記念番組|開局25周年記念新春ワイド時代劇|12時間時代劇)



    外部リンク


  • 日本映画データベース・工藤栄一


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    2007年01月23日

    映画監督[淀川長治]

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    淀川長治



    淀川長治(よどがわ ながはる、1909年4月10日 - 1998年11月11日、兵庫県神戸市出身)は映画評論家。有名な芸者置屋の跡取り息子として神戸に生まれる。映画館の株主だった親の影響で子供の頃から映画に精通。旧制の兵庫県立第三神戸中学校(現在の兵庫県立長田高校)を卒業後、慶應義塾大学予科の入試に失敗し、日大予科に籍を置くが出席せずそのまま除籍となった。雑誌『映画世界』の編集者として活躍。その後UIP(ユナイテッド・アーチスト映画社)の日本支社、東宝映画の宣伝部勤務、雑誌『映画の友』編集長を経て映画評論家として活動を開始。1960年代中盤にテレビ朝日|日本教育テレビ(現・テレビ朝日)で放送された海外映画『ローハイド』の解説で脚光を浴び、その後『日曜洋画劇場』でも解説を担当。番組末尾の「それでは次回もご期待ください。さよなら、さよなら、さよなら…」は淀川の名台詞として語り草とされており、タレントの小松政夫がこれをものまねするなどの人気を集める。横浜市鶴見区に自宅があったが、晩年はほとんど\xA1 @V:d$NA4F|6u%[%F%k$GJk$i$7$F$$$?!#@836FH?H$H8@$o$l$F$$$?$,!"@53N$K$O0l=54V$[$I7k:'7P83$,$"$C$?!#1998年11月放送の『ラストマン・スタンディング』の解説収録後急死した。



    外部記事


  • 産経新聞・淀川長治の銀幕旅行

  • anan・淀川長治の新シネマトーク


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    2007年01月22日

    映画監督[五社英雄]

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    五社英雄



    五社 英雄(ごしゃ ひでお、本名:同じ字で「ごしゃ・えいゆう」、1929年2月26日 - 1992年8月30日)は、映画監督・脚本家。明治大学卒業。



    人物



  • テレビドラマの「刑事」や「ジキルとハイド」では、プロデュースも担当。原作・脚本・監督とこなす映画監督でもあった。

  • 「ひらけ!ポンキッキ」の企画にも携わり、企画書を提出した人物でもある

  • 代表作は時代劇「三匹の侍」。テレビドラマ放送後に映画化され、続編も作られた。また時代劇監督としても知られ、数々の時代劇作品を撮り続けた。

  • 1985年には自ら映画制作プロダクション「五社プロダクション」を設立。

  • また、映画「世界最強のカラテ キョクシン」(1985年、極真映画製作委員会)の総監修や、映画「陽炎II KAGERO」(1996年、松竹・バンダイビュジュアル)の脚本監修も手がけていた。

  • 後年、名声を博して後に、二代目彫よしの手による刺青を彫ったことを明かした。

  • SMの趣味があった。

  • 安藤昇と親友。『新三匹の侍』の企画段階で、五社自ら安藤をレギュラーに推薦して起用した。
    「さよならだけが人生さ―五社英雄という生き方」五社巴 ASIN: 4062063611



    作品




    [テレビドラマ]

    特に記述がないものはフジテレビで放送。

  • いくじなし(東芝土曜劇場)

  • やせ犬(東芝土曜劇場)

  • ろくでなし(東芝土曜劇場)

  • 刑事(1959年、1965年)

  • トップ屋(1960年)

  • むしけら(1960年)

  • 宮本武蔵(1961年)

  • 夜を探せ (1962年)

  • 泡の女(1963年)

  • 三匹の侍(1963年〜1965年)

  • 甲州遊侠伝 俺はども安(1965年)

  • 眠狂四郎(1967年)

  • 雪之丞変化(1970年)

  • 新三匹の侍(1970年)

  • 岡っ引どぶ どぶ野郎(1972年、関西テレビ)

  • ジキルとハイド(製作・1969年、放送・1973年)

  • 無宿侍(1973年)

  • 唖侍 鬼一法眼(1973年、日本テレビ)

  • 丹下左膳 剣風!百万両の壺(1982年)


    [映画]


  • 人斬り(1969年、フジテレビ・勝新太郎|勝プロダクション)

  • 雲霧仁左衛門(1978年、松竹・俳優座)

  • 闇の狩人(1979年、松竹・俳優座)

  • 鬼龍院花子の生涯(1982年、東映・俳優座)

  • 陽暉楼(1983年、東映・俳優座)

  • 北の螢(1984年、東映・俳優座)

  • 櫂(1985年、東映京都)

  • 薄化粧(1985年、松竹・五社プロ・映像京都)

  • 極道の妻たち(1986年、東映京都)

  • 吉原炎上(1987年、東映京都)

  • 肉体の門(1988年、東映京都)

  • 226 (映画)|226(1989年、フィーチャーフィルムエンタープライズ)

  • 陽炎 (映画)|陽炎(1991年、バンダイ・松竹)

  • 女殺油地獄(1992年、フジテレビ・京都映画)


    [脚本・監督]


  • 三匹の侍(1964年、松竹京都)

  • 獣の剣(1965年、俳優座)

  • 五匹の紳士(1966年、俳優座)

  • 丹下左膳 飛燕居合斬り(1966年、東映京都)

  • 御用金(1969年、フジテレビ・東京映画)

  • 出所祝い(1971年、東京映画)


    [原作・脚本]


  • 牙狼之介(1966年、東映京都)スクリプター

  • 牙狼之介 地獄斬り(1967年、東映京都)

  • 暴力街(1974年、東映東京)

  • 十手舞(1986年、松竹・五社プロ・映像京都)


    [原案]


  • 暴力街(1974年、東映東京)

  • 牙狼之介地獄斬り(1967年、東映)



    関連項目


  • ザッツお台場エンターテイメント!

  • 西岡善信(映画プロデューサー)

  • 佐藤勝

  • 丹波哲郎

  • 佐藤京一(俳優)

  • 森田富士郎(映画監督)

  • 安藤昇



    外部リンク・参考文献

    テレビドラマデータベース
    日本映画データベース


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    2007年01月21日

    映画監督[篠原哲雄]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    篠原哲雄



    篠原 哲雄(しのはら てつお、1962年2月9日 - )東京出身の映画監督。明治大学法学部卒。専攻は法社会学、法文化論。「月とキャベツ」が初の劇場用長編作品となる。以降、「洗濯機は俺にまかせろ」(1999)、「はつ恋」(2000)、「命」(2002)等、現在日本を代表する映画監督の1人。




    監督作品


  • 亀顔少年(1984年)

  • RUNNING HIGH(1989年)

  • 草の上の仕事(1993年)

  • バカヤロー!V エッチで悪いか−天使たちのカタログ(1993年 カラー31分 ビデオ作品(オムニバスの1本))

  • YOUNG & FINE(1994年、ツインズ)

  • 歪んだ欲望−Emotional Blue(1995年、アルゴピクチャーズ)

  • 月とキャベツ(1996年、エースピクチャーズ、西友)- 出演、山崎まさよし、真田麻垂美

  • 悪の華(1996年、KISS)- 出演、大沢樹生、原久美子、大杉漣、浅沼順子、原サチコ、並木史郎、横山あきお

  • 恋、した。 オールドタウンで恋をして(1997年、テレビ東京、アミューズ)- 出演、小林麻子

  • ふたりのアリス(1997年 フジテレビジョン|フジテレビ、ROBOT)- 出演、浜丘麻矢、鶴見辰吾

  • なっちゃん家 なっちゃん家のお客さん(1998年、テレビ朝日、アミューズ)

  • 洗濯機は俺にまかせろ(1999年、ボノボ、スターボード)-出演、筒井道隆、富田靖子、小林薫

  • きみのためにできること(1999年、日活)- 出演、柏原崇、真田麻垂美、川井郁子、岩城滉一、大杉漣、田口浩正

  • はつ恋(2000年、東映)- 出演、田中麗奈、原田美枝子、平田満、真田広之

  • 死者の学園祭(2000年、東映)−原作、赤川次郎 −出演、深田恭子、加藤雅也、内田朝陽、根津甚八 (俳優)|根津甚八

  • 張り込み(2001年、JRSS)−出演、若林しほ、小市慢太郎、堺雅人、榊ゆりこ、木村つかさ、伊沢麿紀、伊藤洋三郎

  • 女学生の友(2001年7月BOXin東中野、BS-i、東宝)−原作、柳美里 −出演、山崎努、前田亜希、野村佑香、山崎一、毬谷友子、中村久美、山田辰夫

  • 命 (2002年、命製作委員会(東京放送|TBS、東映、小学館、TOKYO FM、朝日新聞))−原作、柳美里 −出演、江角マキコ、豊川悦司、筧利夫、寺脇康文、平田満、麻生久美子、樹木希林

  • 木曜組曲(2001年、和光インターナショナル)−出演、鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美、加藤登紀子、浅丘ルリ子

  • けん玉(2002年)−出演、山崎まさよし、篠原涼子、山田幸伸、氏家恵、あがた森魚

  • オー・ド・ヴィー(2002年、オー・ド・ヴィー製作委員会)−出演、岸谷五朗、小山田サユリ、鰐淵晴子、寺田農、松重豊、朝加真由美、根岸季衣



    外部リンク


  • 篠原哲雄オフィシャルホームページ

  • 「命」公式サイト

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    2007年01月20日

    映画監督[相米慎二]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    相米慎二



    相米 慎二(そうまい しんじ、1948年1月23日 - 2001年9月9日)は、日本の映画監督。岩手県盛岡市出身。北海道釧路江南高等学校卒業、中央大学法学部中退。




    経歴

    中央大学で学園紛争を経験。日本革命的共産主義者同盟(第四インターナショナル日本支部)の活動家として、三里塚現闘団員を務めた。大学を中退し、日活に助監督として入社。曽根中生や長谷川和彦、寺山修司の元で助監督を務めた後、『翔んだカップル』(1980年)で監督デビュー。本来は人気マンガを原作とし薬師丸ひろ子を主役にいただくアイドル映画だったが、長大な長回しと若者の自由かつ奔放な演技で注目される。続けて同じく薬師丸ひろ子を主役とした『セーラー服と機関銃』(1981年)を発表。ヒットとなり、彼女がマシンガンを撃った後に吐く台詞「カ・イ・カ・ン」は流行語となる程だった。その一方で長回しや俳優の演技指導などの特徴的な作風は「相米節」として定着。アイドル映画としてよりも作家主義の作品として、映画マニアから絶大な支持を受ける。その後、『ションベン・ライダー』(1983年)や『台風クラブ』(1985年)など、主に少年少女を主役とする同様の路線の作品や、にっかつロマンポルノ後期の秀作『ラブホテル (映画)|ラブホテル』(1985年)を撮るが、以降、1990年代の半\xA1 $P:"$^$G$NDdBZ4|$KF~$k!#1993年の『お引っ越し』において、それまでの長回しへの固執を捨て新境地を開く。2000年発表の『風花』ではまるで別な作家であるかのような落ち着きを持ち、本来の造形的なセンスを十分に開花させた円熟した作品を撮ったが、これが遺作となってしまった。自身の故郷を描いた作品ということもあり、浅田次郎の小説『壬生義士伝』が次回作に内定していた。病室に資料を持ち込んで準備を進めていたが、その思いが成し遂げられることなく2001年に肺癌のため53歳の若さで死去。その早すぎる死を悼む声は多い。生涯、独身であった。相米組の演出部からは榎戸耕史、細野辰興、富樫森などの映画監督が育っている。



    監督作品


  • 翔んだカップル(1980年)

  • セーラー服と機関銃(角川春樹事務所、東映、1981年)

  • 魚影の群れ(1983年)

  • ションベン・ライダー(1983年)

  • 雪の断章 情熱(1985年)

  • 台風クラブ(1985年)東京国際映画祭ヤングシネマ'85大賞(併せて東京都知事賞)受賞

  • ラブホテル (映画)|ラブホテル(1985年)

  • 光る女(1987年)

  • 東京上空いらっしゃいませ(1990年)

  • お引っ越し(1993年)

  • 夏の庭(1994年)

  • あ、春(1998年)

  • 風花(2000年)




    外部リンク


  • 日刊スポーツによる襌/a>報]




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    2007年01月19日

    映画監督[田中絹代]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    田中絹代



    田中 絹代(たなか きぬよ、1909年12月29日 - 1977年3月21日)は、大正・昭和期の日本の俳優|女優であり、黎明期の日本映画界を支えた大スターである。



    戦前・戦中〜アイドルスターとしての成功

    山口県下関市丸山町に生まれる。幼少時より、琵琶を習い、1919年に、大阪楽天地 (大阪)|楽天地の琵琶少女歌劇の舞台に立つ。兄が松竹大阪支社で給仕として働いていた関係で、1924年に松竹下加茂撮影所に入所し、野村芳亭監督の『元禄女』でデビューする。まもなく、当時新進監督だった清水宏 (映画監督)|清水宏に『村の牧場』の主役に抜擢される。松竹蒲田撮影所に移った後の1927年、五所平之助監督の『恥しい夢』が好評を博する。その後、当時の人気スター鈴木傳明とのコンビで売り出し、松竹のドル箱スターとなり、会社の幹部に昇進する。また、五所監督による日本初のトーキー|トーキー映画、『マダムと女房』に主演し、トーキー時代になっても、スターとして迎えられる。特に、上原謙とのコンビで1938年に公開された『愛染かつら』は空前の大ヒットとなり、シリーズ化された。1940年には、溝口健二監督の『浪花女』に出演し、溝口監督の厳しい注文に応え、自信を深める。



    戦後〜演技派スター・女性監督へ

    終戦後も、溝口監督の『女優須磨子の恋』や小津安二郎監督の『風の中の牝鶏』などに出演し、高い評価を得、1947年、1948年と連続して毎日映画コンクール女優演技賞を連続受賞する。順調に見えた女優生活だったが、1950年、日米親善使節として滞在していたアメリカ合衆国|アメリカから帰国した際、派手な服装で投げキッスを行い、激しい世論の反発を受けてしまう。それ以降、スランプに陥り、松竹も退社する。この時期、メディアからは「老醜」とまで酷評されて打撃を受けている。1952年に溝口監督が彼女のために温めてきた企画である『西鶴一代女』に主演する。この作品はヴェネチア国際映画祭で国際賞を受賞し、彼女も完全復活を果たす。翌1953年には同じコンビで『雨月物語』を製作、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞する。また、同年『恋文』を監督。(日本で二人目の女性監督)しかし、このことが溝口監督との仲を疎遠なものにしたといわれる。その後も、木下恵介監督の『楢山節考』、小津監督の『彼岸花』への出演、京マチ子主演の『流転の王妃』の演出など、常に映画界をリードする活躍を続ける一方、1969 BG/$N!X\b%NLZ$O;D$C$? (NHK大河ドラマ)|樅ノ木は残った』に出演以降、テレビドラマにも活躍の場を広げ、『前略おふくろ様』の主人公の母親役など温和な老婆役で親しまれる。1974年に主演した熊井啓監督の『サンダカン八番娼館 望郷』の円熟した演技は高く評価され、芸術選奨文部大臣賞、ベルリン国際映画祭最優秀主演女優賞を受賞する。1977年3月21日、脳腫瘍のため死去。享年67。最晩年、病床についた彼女は「目が見えなくなっても、やれる役があるだろうか」と見舞いに来た者に尋ねたという。

    死後勲三等瑞宝章が授与された。3月31日、映画放送人葬が行われ、5000人が参列した。



    没後の顕彰

    1985年には、従弟の小林正樹監督により、毎日映画コンクールに「田中絹代賞」が創設され、映画界の発展に貢献した女優に送られることとなった。第1回受賞者は吉永小百合。「恋多き女性」としても有名で、清水宏監督との同棲生活と破局、慶応義塾大学|慶応野球部の花形スターだった水原茂とのロマンスなどは大きな話題となった。その波乱に富んだ一生は、1987年に市川崑監督、吉永小百合主演で『映画女優』というタイトルで映画化された。




    代表作



    [おもな出演映画作品]


  • 元禄女(1924年、野村方亭、吉野二郎)

  • 村の牧場(1924年、清水宏)

  • 恥しい夢(1927年、五所平之助)

  • 大学は出たけれど(1929年、小津安二郎)

  • 伊豆の踊子(1933年、五所平之助)

  • 愛染かつら・前後編(1838年、野村浩将)

  • 陸軍(1944年、木下恵介)

  • 結婚(1947年、木下恵介)

  • 女優須磨子の恋(1947年、溝口健二)

  • 不死鳥(1947年、木下恵介)

  • 夜の女たち(1948年、溝口健二)

  • 風の中の牝鶏(1948年、小津安二郎)

  • 銀座化粧(1951年、成瀬巳喜男)

  • 西鶴一代女(1952年、溝口健二)

  • おかあさん(1952年、成瀬巳喜男)

  • 雨月物語(1953年、溝口健二)

  • 山椒大夫(1954年、溝口健二)

  • 噂の女(1954年、溝口健二)

  • 楢山節考(1958年、木下恵介)

  • 彼岸花(1958年、小津安二郎)

  • この天の虹(1958年、木下恵介)

  • おとうと(1960年、市川崑)

  • 赤ひげ(1965年、黒澤明)

  • 三婆(1974年、中村登)

  • サンダカン八番娼館・望郷(1974年、熊井啓)

  • 大地の子守唄(1976年、増村保造)


    [出演テレビドラマ]


  • 樅ノ木は残った (NHK大河ドラマ)|樅ノ木は残った(1970年)

  • 明日のしあわせ(1970年)

  • 女人平家(1971年)

  • たった一人の反乱(1973年)

  • りんりんと(1974年)

  • 前略おふくろ様(1975年)

  • 幻の町(1976年)

  • 雲のじゅうたん(ナレーション)(1976年)


    [監督映画作品]


  • 恋文(1953年)

  • 月は昇りぬ(1955年)

  • 乳房よ永遠なれ(1955年)

  • 流転の王妃(1960年)

  • 女ばかりの夜(1960年)

  • お吟さま(1962年)



    田中絹代を演じた女優


  • 乙羽信子?秋吉久美子・高橋かおり(1984年・テレビドラマ『花も嵐も踏み越えて 女優田中絹代の生涯』)

  • 吉永小百合(1987年・映画『映画女優 (1987年映画)|映画女優』)



    参考図書


  • 『花も嵐も 女優・田中絹代の生涯』古川薫著、文藝春秋刊

  • 『小説 田中絹代』新藤兼人著、文藝春秋刊



    関連項目


  • 田中絹代賞(毎日映画コンクール)…毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社主催。出生地の下関市長が副賞を贈る。

  • 田中絹代メモリアル協会…出生地で墓がある下関市の遺品管理団体。映画祭や田中絹代賞への協力、遺品の展示、市民による墓参「花嵐忌(からんき)」などを催す。

  • 田中絹代メモリアル懇談会



    外部リンク


  • 田中絹代の部屋(田中絹代メモリアル協会)

  • キネマ旬報データベース「田中絹代

  • 日本映画データベース「田中絹代

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    2007年01月18日

    映画監督[椎名誠]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    椎名誠




    椎名誠(しいな まこと、1944年6月14日 - )は日本の作家、サイエンス・フィクション|SF作家、随筆家|エッセイスト、写真家。本名は渡辺誠、椎名は旧姓で、結婚したときに妻の渡辺一枝の姓に合わせ渡辺姓となった。



    経歴

    東京都世田谷区三軒茶屋に生まれ、千葉県印旛郡酒々井町と千葉市幕張に育つ。千葉市立千葉高等学校卒業。イラストレーターの沢野ひとしは高校時代の同級生。東京写真大学(現東京工芸大学)中退。異母兄弟の末のほうに生まれ、長兄とは20歳位歳が離れている(しかし末っ子ではなく、椎名寛という名前の弟がいる)。流通業界の専門誌『ストアーズレポート』の編集長を経て三五館から出した『さらば国分寺書店のオババ』で作家デビュー、大ヒットとなる。その軽快で口語調の文体は嵐山光三郎らの文体とともに昭和軽薄体と呼ばれた。江戸川区小岩のアパート克美荘で共同生活をした沢野ひとし、木村晋介ら仲間と「東日本何でもケトばす会」、通称東ケト会を設立。その後の活動を『わしらは怪しい探険隊』として出版、シリーズ化された。その後も私小説、エッセイ、サイエンス・フィクション|SF小説、超常小説、写真を多数執筆・発表、SF、超常小説の類は分類によって「シーナワールド」と呼ばれる。文筆活動以外には、辺境の地への冒険をライフワークとし、ドキュメンタリー番組によく登場するほか、映像プロダクション「ホネ・フィルム」を設立  "1G2h4FFD$H$7$F$b3hLv$7$?!J8=:_!V%[%M!&%U%#%k%`!W$O2r;6!K!#L\9u9MFs$i$HK\$N;(;o 写真雑誌アサヒカメラの連載など、写真家としての活動もしている。妻の渡辺一枝とは木村晋介の仲介で結婚した。娘の渡辺葉は翻訳家でエッセイスト。息子の渡辺岳はボクサーで現在は写真家。寡黙だが文章の面白さと強靭な肉体で若い頃から仲間に一目置かれていた。ビールと麺類が大好きである。子供のころ海辺に住んでいたせいか海苔も大変好きらしく、仲間内からは「ノリコン」と呼ばれている。また、カツオが好きで、刺身・鰹節ともに大好物である。噂によると一人で刺身を一匹分平らげるそうだ。一番食べたくないものは青イソメ・ゴカイ丼だったのだが、その親戚のエラコを取材で食べさせられたことがある。以前サントリー生ビールのCMに出演していたこともあり、また探検隊仲間にサントリー社員もおり、テレビで椎名の番組が放送される時にはサントリーが番組スポンサーとしてつくなど、椎名とサントリーのつながりはとても深い。「いやはや隊」のメンバーと各地に旅行する際にも、モルツやサントリーのウィスキーがほぼ毎回持込まれている。格闘技、プロレスなども大好きで、彼自身柔道2段。2006年11月に写真活動の集大成ともいえる写真\xA1 =8!VONCE UPON A TIME」(本の雑誌社)を刊行した。



    受賞リスト


  • 1988年 『犬の系譜』 吉川英治文学新人賞

  • 1990年 『アド・バード』 日本SF大賞

  • 1995年 『白い馬』(JRA賞馬事文化賞)



    作品リスト


  • さらば国分寺書店のオババ(デビュー作)

  • 岳物語
    :息子、渡辺岳との友情やその成長を捉えた私小説。なお、娘(岳から見た姉)の渡辺葉については本人の希望により一切書かれていない。尚、作品中では家族名が「シーナ家」となっていることから、出版社の付録では「フィクション小説」と扱われる場合が多い。続・岳物語も同じ。

  • 続・岳物語

  • アド・バード
    :集英社刊。異形の怪物がうろつく世界で、主人公の兄弟が父親を探しに行くというSF大作。日本SF大賞受賞作品。

  • 哀愁の街に霧が降るのだ
    :他称自伝的小説。克美荘時代を中心とした、作者とその仲間たちの生活を書いている。

  • わしらは怪しい探検隊

  • いろはカルタの真実

  • 砂の海

  • かつをぶしの時代なのだ

  • ジョン万作の逃亡

  • 風にころがる映画もあった

  • インドでわしも考えた

  • 赤眼評論

  • 風景進化論



  • フグと低気圧

  • 新橋烏森口青春篇

  • 犬の系譜

  • 熱風大陸 ダーウィンの海をめざして

  • さよなら、海の女たち

  • あやしい探検隊 海で笑う

  • ねじのかいてん

  • 土星を見るひと

  • 白い手

  • 水域

  • 武装島田倉庫

  • 胃袋を買いに。

  • 銀座のカラス

  • ハマボウフウの花や風

  • 草の海 モンゴル奥地への旅

  • むはの迷走

  • ひるめしのもんだい

  • 地下生活者

  • おろかな日々

  • フィルム旅芸人の記録

  • モンパの木の下で

  • ガリコン式映写装置

  • はるさきのへび
    :本当の“岳物語”がある(姉の事について書かれている。)

  • 南国かつおまぐろ旅

  • 猫殺し その他の短篇

  • 鉄塔のひと その他の短篇

  • ネコの亡命

  • 馬追い旅日記

  • あやしい探検隊 焚火酔虎伝

  • 時にはうどんのように

  • でか足国探検記

  • 麦の道

  • カープ島サカナ作戦

  • 麦酒主義の構造とその応用力学

  • 風の道 雲の旅

  • あやしい探検隊 焚火発見伝
    :林政明と共著。

  • 人生途中対談
    :東海林さだおと共著。

  • みるなの木

  • 本の雑誌血風録

  • ギョーザのような月がでた

  • あるく魚とわらう風

  • 突撃 三角ベース団

  • 新宿熱風どかどか団

  • あやしい探検隊 バリ島横恋慕

  • ずんが島漂流記

  • ビールうぐうぐ対談
    :東海林さだおと共著。

  • とんがらしの誘惑

  • 問題温泉

  • くじらの朝がえり

  • にっぽん・海風魚旅 怪し火さすらい編

  • もう少しむこうの空の下へ

  • すっぽんの首

  • 焚火オペラの夜だった

  • 春画

  • ハリセンボンの逆襲

  • ぶっかけめしの午後

  • 海ちゃん、おはよう

  • なつのしっぽ



    映画監督作品


  • ガクの冒険

  • うみ・そら・さんごのいいつたえ

  • しずかなあやしい午後に 遠野灘鮫原海岸

  • 白い馬



    関連項目


  • 日本の秘境100選

  • 沢野ひとし

  • 木村晋介

  • 野田知佑

  • 群ようこ

  • 目黒考二

  • 中村征夫

  • 週刊金曜日

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    2007年01月17日

    映画監督[新藤兼人]

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    新藤兼人



    新藤 兼人(しんどう かねと、本名:新藤 兼登(読み方同じ)1912年4月22日 - )は、日本の映画監督、脚本家。日本のインディペンデント映画の先駆者である。広島県名誉県民。孫の新藤風は映画監督、新藤力也はDDTプロレスリングのリング・アナウンサー。



    人物・経歴

    広島県佐伯郡大字石内村(現・広島市佐伯区五日市町〉に生まれる。石内村は広島市内から一山越えた農村で、豪農の家に生まれるが、父が借金の連帯保証人になったことで、14歳の頃に一家は離散。高等科に進むと広島市内へ活動写真を見に通い、夜遅く提灯を下げて山を越えて帰宅した。1933年、尾道の兄宅に居候中見た山中貞雄の映画『盤獄の一生』に感激して映画を志す。1年半のアルバイトで金を貯め、なんのあてもないまま京都へ。助監督への道は狭く1934年、入ることが出来たのは新興キネマ現像部でフィルム乾燥雑役から映画キャリアをスタートさせる。満州国が帝制に移行した年であった。目指す創造する世界とはかけ離れた長靴を履き辛い水仕事を一年ほどする。撮影所の便所で落とし紙にされたシナリオを発見、初めて映画がシナリオから出来ているものと知る。新興キネマ現像部の東京移転に同行し美術部門に潜り込む。美術助手として美術デザインを担当。仲間からは酷評されても暇を見つけてシナリオを書き続け投稿し賞を得るが、映画化はされなかった。家が近所だった落合吉人が監督に昇進し、脚本部に推薦され『南進女性』で脚\xA1 K\2H%G%S%e!  1942年、情報局の国民映画脚本の公募に応募、佳作に終わる。当選は東宝の助監督、黒澤明の『静かなり』であった。翌年『強風』が当選。これを知った溝口から連絡があり生涯ただ1度だけ祇園で御馳走にあずかる。1944年、所属していた興亜映画が松竹大船撮影所に吸収され脚本部へ移籍。同年4月、1本も書かないうちに召集され二等兵として呉市|呉海兵団に入団。既に32歳ながら10代の若者に扱き使われ、彼らの身の周りの世話をする。上官にはクズと呼ばれ、木の棒で気が遠くなる程叩かれ続けた。兵隊は叩けば叩くほど強くなると信じられていた時代だった。同期の若者は大半が前線に送られた。 1945年、宝塚海軍航空隊で終戦。宝塚歌劇団の図書館で戯曲集を全部読み終え松竹大船に復帰。同年秋書いた『待帆荘』がマキノ正博によって映画化され1947年のキネマ旬報ベストテン4位となり初めて実力が認められた。1946年と1949年に溝口のために『女性の勝利』と『わが恋は燃えぬ』を書く。1947年、吉村公三郎と組んで『安城家の舞踏会』を発表。大ヒットしベストテン1位も魁 MF@!"%7%J%j%*%i%$%?!<$H$7$F$NCO0L$r8G$a$?!# その後は吉村とのドル箱コンビでヒットを連発。木下恵介にも『結婚』、『お嬢さん乾杯』を書く。1949年、『森の石松』の興行的失敗や初監督作『愛妻物語』に会社首脳が「新藤のシナリオは社会性が強くて暗い」とクレームをつけるに及んで作家性を貫くため1950年、松竹を退社して独立プロダクションの先駈けとなる近代映画協会を吉村、殿山泰司らと設立。1951年、『愛妻物語』で39歳にして宿願の監督デビューを果たす。主演した大映の看板スター乙羽信子がこれをきっかけに近代映画協会へ参加する。また大映に持ち込んだ『偽れる盛装』が1951年大ヒット、新藤=吉村コンビの最高傑作となった。1952年、原爆を直接取り上げた初めての映画「原爆の子」を発表。翌1953年、カンヌ国際映画祭に出品。米国がこの作品に圧力をかけ、受賞に外務省が妨害工作を試みた。また西ドイツでは反戦映画として軍当局に没収されるなど各国で物議を醸した(現在はヨーロッパでよく上映されている) 。以降は自作のシナリオを自ら監督する独立映画作家となり、劇団民藝の協力\xA1 $d%+%s%Q$J$I$rF@$F?tB?$/$N:nIJ$rH/I=!#$7$+$77]=Q@-$H>&6H@-$H$N! L7=b$KG: $_<:GT$H;n9T:x8m$r7+$jJV$7$?!#1960年に撮った台詞のない無言の映画詩『裸の島』はお金が無いため、近代映画協会の解散記念にとキャスト2人・スタッフ11人で瀬戸内海ロケを敢行。スタッフ一同で1ヶ月ロケしたこの映画を550万円で作り上げた。作品はモスクワ国際映画祭でグランプリを獲り新藤は世界の映画作家として認められた。また世界中に上映権を売って売りまくり世界62ヶ国で売れてそれまでの借金を返済した。以降は放射能を題材とした『第五福竜丸』、『さくら隊散る』、連続拳銃事件の永山則夫を題材にした『裸の十九才』、家庭内暴力に材を取った『絞殺』、死と不能をテーマにした『性の起源』、老いをテーマとした『午後の遺言状』など多くの問題作を発表。また頼まれた仕事は断らない、を信条に自作の制作と平行に日本映画の数多くの作品の脚本を手がけた。中には映画史に残る名作、話題作や評価の低い作品と色々あるが、「優れた芸術家は多作である」という観点からいくとこれも秀でた才能といえる。評価の高い作品としては川島雄三監督/『しとやかな獣』(1962年)、鈴木清順監督/『けんかえれじい』\xA1 (1966年)、神山征二郎監督/『ハチ公物語』(1987年)などがある。怪作としては江戸川乱歩の原作をミュージカル仕立てにした『黒蜥蜴』(1962年)などがある。TVドラマ、演劇作品も含めると手がけた脚本は370本にも及び、数えきれない程の賞を受賞した。「ドラマも人生も、発端・葛藤・終結の三段階で構成される」というのが持論である。現在も現役で活躍、70年の映画キャリアを誇り、世界最長老の映像作家と思われる。また池広一夫、神山征二郎、千葉茂樹、松井稔、金佑宣、田代廣孝、田渕久美子ら多くの門下を出した。尚、近代映画協会は一時100近く有った独立プロのうち唯一成功し現在も作品を送り出している。結婚は3度経験して、1994年に死去した女優の乙羽信子は3度目の妻。長年の映画製作に対して、1997年に文化功労者を、2002年に文化勲章を授与された。
    また、映画を通じて平和を訴え続けた功績により2005年に谷本清平和賞を受賞。
    1996年、日本のインディペンデント映画の先駆者である新藤の業績を讃え、独立プロ58社によって組織される日本映画製作者協会に所属する現役プロデューサーのみが、その年度で最も優れた新人監督を選ぶ新藤兼人賞を新たに創設した。 



    主な監督作品


  • 1951年「愛妻物語」 - キネマ旬報ベストテン10位

  • 1952年「原爆の子」 - チェコスロバキア国際映画祭グランプリ、英国アカデミー国連賞、メルボルン映画祭グランプリ

  • 1953年「縮図」 - キネマ旬報ベストテン10位

  • 1959年「第五福竜丸] - キネマ旬報ベストテン8位

  • 1960年「裸の島」 - モスクワ映画祭グランプリ、キネマ旬報ベストテン6位

  • 1962年「人間」 - 芸術祭文部大臣賞

  • 1963年「母」 - 毎日芸術賞、キネマ旬報ベストテン8位

  • 1964年「鬼婆」

  • 1965年「悪党」(原作:谷崎潤一郎) - キネマ旬報ベストテン9位

  • 1966年「本能」 - キネマ旬報ベストテン7位

  • 1967年「性の起原」

  • 1968年「薮の中の黒猫」

  • 1969年「かげろう」 - キネマ旬報ベストテン4位、芸術祭優秀賞

  • 1970年「裸の十九才」 - モスクワ映画祭金賞、キネマ旬報ベストテン10位

  • 1974年「わが道」 - キネマ旬報ベストテン6位

  • 1975年「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」 - キネマ旬報ベストテン1位・監督賞

  • 1977年「竹山ひとり旅」 - モスクワ映画祭監督賞、キネマ旬報ベストテン2位

  • 1979年「絞殺」-ベネチア映画祭、乙羽信子「主演女優賞」

  • 1981年「北斎漫画」- キネマ旬報ベストテン8位

  • 1988年「さくら隊散る」 - キネマ旬報ベストテン7位

  • 1992年「墨東綺譚」 - キネマ旬報ベストテン9位

  • 1996年「午後の遺言状」 - キネマ旬報ベストテン1位、日本アカデミー賞最優秀作品賞 他多数

  • 1999年「生きたい」 - モスクワ映画祭グランプリ

  • 2003年「ふくろう (映画)|ふくろう」

  • 2003年「三文役者」 - キネマ旬報ベストテン6位



    主な脚本作品


  • 1946年「待ちぼうけの女」 / 監督:マキノ正博  

  • 1946年「女性の勝利」 / 監督:溝口健二  

  • 1947年「安城家の舞踏会」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン1位

  • 1948年「四人目の淑女」 / 監督:渋谷実  

  • 1948年「幸福の限界」 / 監督:木村恵吾  

  • 1948年「わが生涯のかがやける日」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン5位

  • 1949年「お嬢さん乾杯」 / 監督:木下恵介  - キネマ旬報ベストテン6位

  • 1949年「森の石松」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン9位

  • 1950年「長崎の鐘」 / 監督:大庭秀雄   

  • 1951年「舞姫」 / 監督:成瀬巳喜男   

  • 1951年「上州鴉」 / 監督:冬島泰三   

  • 1951年「自由学校」 / 監督:吉村公三郎  

  • 1951年「偽れる盛装」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン3位

  • 1951年「源氏物語」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン7位

  • 1952年「西陣の姉妹」 / 監督:吉村公三郎  

  • 1953年「夜明け前」 / 監督:吉村公三郎 

  • 1953年「女ひとり大地を行く」 / 監督:亀井文夫   

  • 1954年「足摺岬」 / 監督:吉村公三郎 

  • 1955年「美女と怪龍」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン10位

  • 1956年「あやに愛しき」 / 監督:宇野重吉   

  • 1956年「赤穂浪士 天の巻・地の巻」 / 監督:松田定次   

  • 1957年「美徳のよろめき」 / 監督:中平康 

  • 1957年「うなぎとり」 / 監督:木村荘十二 

  • 1958年「夜の鼓」 / 監督:今井正 

  • 1958年「裸の太陽」 / 監督:家城巳代治 - キネマ旬報ベストテン5位

  • 1959年「からたち日記」 / 監督:五所平之助 

  • 1960年「大いなる驀進」 / 監督:関川秀雄 

  • 1960年「がんばれ!盤獄」 / 監督:松林宗恵 

  • 1960年「路傍の石」 / 監督: 久松静児

  • 1961年「献身」/ 監督: 田中重雄

  • 1962年「しとやかな獣」 / 監督:川島雄三  - キネマ旬報ベストテン6位

  • 1962年「黒蜥蜴」 / 監督:井上梅次 

  • 1962年「鯨神」/ 監督: 田中徳三

  • 1962年「斬る」 / 監督:三隅研次  

  • 1964年「卍(まんじ)」 / 監督:増村保造 

  • 1964年「傷だらけの山河」 / 監督:山本薩夫  - キネマ旬報ベストテン7位

  • 1964年「駿河遊侠伝 賭場荒し」 / 監督:森一生 

  • 1966年「こころの山脈」 / 監督:吉村公三郎  - キネマ旬報ベストテン8位

  • 1966年「座頭市海を渡る」 / 監督:池広一夫 

  • 1966年「けんかえれじい」 / 監督:鈴木清順 

  • 1966年「刺青」 / 監督:増村保造 

  • 1967年「華岡青洲の妻」 / 監督:増村保造  - キネマ旬報ベストテン5位

  • 1972年「軍旗はためく下に」 / 監督:深作欣二  - キネマ旬報ベストテン2位

  • 1972年「混血児リカ」 / 監督:中平康 

  • 1975年「昭和枯れすすき」 / 監督:野村芳太郎 

  • 1978年「事件」 / 監督:野村芳太郎   - キネマ旬報ベストテン4位

  • 1978年「危険な関係」 / 監督:藤田敏八  

  • 1979年「配達されない三通の手紙」 / 監督:野村芳太郎 

  • 1980年「地震列島」 / 監督:大森健次郎 

  • 1980年「遥かなる走路」 / 監督:佐藤純弥 

  • 1983年「積木くずし」 / 監督:斎藤光正 

  • 1983年「映画女優」 / 監督:市川崑  - キネマ旬報ベストテン5位

  • 1987年「ハチ公物語」 / 監督:神山征二郎 

  • 1992年「遠き落日」 / 監督:神山征二郎 

  • 1999年「おもちゃ」 / 監督:深作欣二 

  • 1999年「完全なる飼育」 / 監督:和田勉 

  • 2001年「大河の一滴」 / 監督:神山征二郎



    文献




    [著書]


  • 『ある映画監督―溝口健二と日本映画』

  • 『老人読書日記』

  • 『女の一生―杉村春子の生涯』

  • 『弔辞』(岩波新書)『午後の遺言状』

  • 『三文役者の死―正伝殿山泰司』

  • 『追放者たち』

  • 『愛妻記』(岩波書店)

  • 新藤兼人の足跡』(全6巻)著作集

  • 『小説 田中絹代』(文藝春秋)

  • 『日本シナリオ史』上・下(岩波書店)
     他多数


    [参考文献]


  • 『日本映画・テレビ監督全集』(キネマ旬報社・1988年12月)



    関連項目


  • 広島県出身の有名人一覧



    外部リンク


  • 近代映画協会 

  • 新藤兼人


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    2007年01月16日

    映画監督[植草甚一]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    植草甚一



    植草 甚一(うえくさ じんいち、男性、1908年(明治41年)8月8日 - 1979年(昭和54年)12月2日)は、欧米文学、ジャズ、映画の評論家。通称“JJ氏”。東京市日本橋区小網町の木綿問屋に生まれる。早稲田大学理工学部建築学科中退後、東宝に入社。戦後独立して映画評論を手がける傍らジャズや雑学への造詣を深める。1956年、初の単行本『外国の映画界』を上梓。この当時は、肥満体の、好戦的で気難しい、敵の多い男として知られていた。出版社と喧嘩が絶えず、『スイング・ジャーナル』誌の連載だけを主な仕事としていた。1967年に晶文社から出した『ジャズの前衛と黒人たち』がきっかけとなって若い世代から支持を集め、植草ブームを招来。1970年に随筆|エッセイ『ぼくは散歩と雑学が好き』を刊行して若者にサブカルチャーを普及させた。1971年に胃の手術を受けてから体重が激減し、痩身となる。この時期からブームが本格的になり、一ヶ月に約300枚の原稿を執筆した。1973年には雑誌『ワンダーランド』を創刊。この『ワンダーランド』が後にJ! ICC出版局(現・宝島社)に譲渡され、『宝島 (雑誌)|宝島』として発展していった。1974年にはじめてニューヨークへ行き、本、映画、ファッションなど様々な文化を独特の視点でエッセイとして発表し、さらに注目された。
    1979年、世田谷区経堂の自宅で逝去。彼の死後、多数のレコードコレクションの散逸を防ぐために、タレントのタモリがその全部を買い取ったという逸話がある。高平哲郎談によるその数、約4000枚。エッセイ集として『植草甚一スクラップブック』(晶文社・1976年〜1980年/2004年復刻)がある。片岡義男その他がパーソナリティをつとめる番組「気まぐれ飛行船」の中のインタビューコーナー「飛行船学校」でしばしばロングインタビューを受け、肉声を聞くことが出来た。



    関連項目


  • 古書店

  • ニューヨーク

  • コラージュ

  • 淀川長治

  • 久保田二郎

  • 東宝

  • 晶文社

  • スイングジャーナル

  • 話の特集

  • 宝島 (雑誌)|宝島



    外部リンク


  • 著作リスト
    植草甚一ファンクラブ

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    2007年01月15日

    映画監督[田中徳三]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    田中徳三



    田中徳三(たなか とくぞう、1925年9月15日- )は、大阪府出身の映画監督である。関西学院大学文学部卒、1948年大映入社。溝口健二らに師事し、助監督を勤めた後に、1958年の『化け猫御用だ』で監督デビュー。勝新太郎主演の「悪名」シリーズ、「兵隊やくざ」シリーズなどの人気作のメガホンを取る。また、邦画界全盛期にプログラムピクチャーを手掛けていただけあってその参加作品数は、同年代の他の著名映画監督と比べて膨大。大映倒産後はフリーとなり、劇場用映画だけでなく、テレビドラマの監督も多数務めた。




    代表作




    [映画]


  • 鯨神

  • 眠狂四郎シリーズ

  • 忍びの者 雲霧才蔵

  • 秘録怪猫伝


    [テレビドラマ]


  • 必殺シリーズ

  • ザ・ハングマンシリーズ

  • 風の中のあいつ

  • 京都マル秘指令 ザ新選組

  • 京都殺人案内シリーズ

  • 京都妖怪地図シリーズ

  • 祭ばやしが聞こえる



    関連項目


  • 井上梅次

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    2007年01月14日

    映画監督[小栗康平]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    小栗康平



    小栗 康平(おぐり こうへい、1945年10月29日 - )は、群馬県前橋市出身の映画監督である。群馬県立前橋高等学校、早稲田大学第二文学部卒。
    1981年に『泥の河』でデビューする。以降、ほぼ10年に1、2本のペースで作品を発表する。作品数こそ極めて少ないものの、その特異な作品世界が高く評価されている。
    中でも、フランスのジョルジュ・サドゥール賞を日本人として初受賞するなど、海外での評価が圧倒的に高く、日本映画界において極めて稀有な存在である。



    来歴

    浦山桐郎、山本迪夫、大林宣彦、篠田正浩等の助監督を務めた。1973年には、ドラマ『流星人間ゾーン』の監督も務めた。1981年1月に、宮本輝原作の『泥の河』でデビューする。大阪の安治川に暮らす人々の生活を、幼い少年の視点から、白黒の画面で切なくも端整に描いた作品である。特に、油を飲ませた蟹にマッチで火を付けて遊んでいた少年が、友人の母が男に春を鬻いでいる所を目撃してしまう場面は、鮮烈である以上に、叙情的で実に儚い。子役の演技力も相俟って、高く評価された。同作により、1980年代以降の日本映画の鬼才として認識される事となる。外国語映画賞にノミネートされた第54回アカデミー賞では受賞を逃したものの、モスクワ国際映画祭では見事に銀賞を獲った。1984年11月に、李恢成原作の『伽?子のために』(かやこ -)を発表する。在日朝鮮人の少年の恋愛と葛藤と苦悩をリアルに描いた、青春映画である。これまでの日本映画と完全に異なり、在日の人の物語を極めて自然に描く事に成功し、賞賛される。この作品で、フランスのジョルジュ・サドゥール賞を日本人として初受賞した。1990 $BG/4月に、島尾敏雄原作の『死の棘』を発表する。小説家・敏雄の不倫を知った妻が発狂すると言う私小説を映画化した、非常にショッキングなドラマである。原作者の島尾は、大島渚や篠田等からの同作の映画化の依頼を、頑なに拒否していた。ところが処女作『泥の河』を賞賛し、小栗には映画化を認めたのだ。松坂慶子の迫力溢れる熱演と岸部一徳の異様な存在感も手伝って、傑作として高く評価された。同年5月の第43回カンヌ国際映画祭では、見事に審査員特別グランプリ「グランプリ・カンヌ1990」と国際映画批評家連盟賞をダブル受賞するという快挙を成し遂げた。1996年2月に、役所広司主演の『眠る男』を発表する。意識不明のために延々と眠る男を巡る、不思議なドラマである。群馬県中之条町で撮影して群馬県が制作した異色作で、ご当地映画のパイオニアと位置付けられている。第47回ベルリン国際映画祭では芸術映画連盟賞を、第20回モントリオール世界映画祭では審査員特別大賞を受賞した。2005年6月に、『埋もれ木』を発表する。田舎を舞台に不思議な話が語られるファンタジーである。坂田明や浅\xA1 LnCi?.$H!"FC0[$JGPM%?X$,L\$r0z$/!#F1G/5月に第58回ァ +%s%L:W$ N4FFD=54VItLg$K=PIJ$5$l$?!#



    学歴


  • 群馬県立前橋高等学校卒業。

  • 早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。



    監督作品

    ・『泥の河』1981年。
    ・『伽?子のために』1984年。脚本兼任。
    ・『死の棘』1990年。脚本兼任。
    ・『眠る男』1996年。脚本兼任。
    ・『埋もれ木』2005年。脚本兼任。



    DVD


  • 『DVD-BOX 小栗康平監督作品集』販売元:松竹株式会社ビデオ事業室

  • 『埋もれ木』販売元:松竹株式会社ビデオ事業室



    著書


  • 『哀切と痛切』径書房、1987年1月。平凡社[平凡社ライブラリー]、1996年10月。ISBN 458276164X

  • 『見ること、在ること』平凡社、1996年11月。ISBN 4582282334

  • 『映画を見る眼』日本放送出版協会、2005年6月。ISBN 4140810513

  • 『時間をほどく』朝日新聞社、2006年7月。ISBN 40225021182005年12月号より、グラフ文化誌『風の旅人』(ユーラシア旅行社)に「見ようとする意思」連載中。



    受賞歴


  • 1981年 - 『泥の河』
    モスクワ国際映画祭 銀賞。
    芸術選奨文部大臣新人賞映画部門。
    第36回毎日映画コンクール最優秀作品賞、最優秀監督賞。
    日本映画監督協会新人監督奨励賞。
    第55回キネマ旬報賞日本映画監督賞。
    ブルーリボン賞 (映画)|ブルーリボン賞作品賞。

  • 1982年 - 『泥の河』で、第5回日本アカデミー賞最優秀監督賞、優秀作品賞。

  • 1984年 - 『伽?子のために』
    ベルリン国際映画祭 国際アートシアター連盟賞。
    ジョルジュ・サドゥール賞(フランス、日本人初受賞)。

  • 1990年 - 『死の棘』
    第43回カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ(グランプリ・カンヌ1990)。
    第43回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞。
    芸術選奨文部大臣賞 映画部門。

  • 1991年 - 『死の棘』で、第14回日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞。

  • 1996年 - 『眠る男』
    第47回ベルリン国際映画祭 芸術映画連盟賞。
    第20回モントリオール世界映画祭 審査員特別大賞。
    第38回毎日芸術賞。
    第20回山路ふみ子文化賞。
    第70回キネマ旬報日本映画監督賞。

  • 1997年 - 『眠る男』で、第20回日本アカデミー賞優秀監督賞。

  • 2006年秋の紫綬褒章を受賞。



    外部リンク


  • 小栗康平オフィシャルサイト ─OGURI.info

  • 蓼川亭通信 小栗康平さんとの20年

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    2007年01月13日

    映画監督[おすぎ]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    おすぎ



    おすぎ(本名:杉浦 孝昭(すぎうら たかあき)、1945年(昭和20年)1月18日〜)は、タレント・映画評論家である。神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。
    阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業。ファッション評論家のピーコは一卵性双生児の兄である。



    来歴・概要

    おすぎ」の芸名は本名の杉浦から。オカマキャラを全面に出して1975年のテレビ・ラジオデビュー以来、芸能界の第一線で活躍している(実際の芸能界入りはデビュー前の銀座の歌舞伎座系列の『歌舞伎座テレビ室(今でいうとテレビ番組のプロダクション)』のテレビ映画の制作進行補が最初との事)。本業の映画評論では本名の杉浦孝昭の名義で活動し、映画専門誌の「キネマ旬報」などに寄稿、当時から映画界で若手論者として高い評価を得ていた。美術系の技能を生かし数々の映画雑誌のレイアウトなどクリエイティブな仕事に編集者として携わる一方で、テレビでのタレント活動が、「おすぎとピーコ」として話題を呼んだ。本人の好き嫌いがはっきりしており、嫌いな芸能人が多数存在し、その代表が上沼恵美子と和田アキ子だと、普段からラジオ番組等で公言してはばからない。また石原慎太郎とも、「俺はナマコとオカマは大嫌いだ(慎太郎は同性愛嫌いであった)」なる暴言を吐いたことにおすぎが激怒し、猛烈な口論を繰り広げる遺恨があった(この件は佐高信が当時連載を持っていた「噂の真相」で石原批判のエピソードとして掲載している)。が、息子の石原良純とは上手く付き合っているようであり、「親が憎ければ子も憎い」のような感情は無いと思われる。36歳の時、両親を亡くし、1989年のピーコの眼球摘出手術により、ピーコが仕事が出来ない分自分が穴を埋めてやらねばと全国を飛び回っていたが、当時「おすぎとピーコ」の旬は過ぎていた為、病を機にピーコのレギュラー出演も打ち切られる番組が増え、中々仕事は無かった。その時、福岡のローカル局である九州朝日放送|KBCテレビから「月に一回でもいいから『情報回遊TV うるとらマンボウ|うるとらマンボウ』に出演して頂けませんか?」と打診を受ける。その後『うるとらマンボウ』『おすぎとコージのあぶない関係』にレギュラー出演するようになり、それ以来KBCには恩義があるのか、再び売れっ子に\xA1 $J$C$?:#$G$bKh=5F|!A7nMKF|!J%9%1%8%e!<%k$d5$>]>u67$r9MN8$7$FEZ! MK$+$iF~ $k>l9g$bM-$j!K$OJ!2,$KDL$C$F$$$k!JEv;~$+$i8=:_$^$G!"KBCアナウンス部及びラジオ制作部には「おすぎお世話係」なるものが存在している)。その他、福岡に通う以前から25年以上つながりのある札幌の札幌テレビ放送|STVにも、現在は隔週ながら火〜水曜日に通っている。一時期は映画評論家としての仕事をメインとし(切っ掛けは淡谷のり子の項目参照)、相変わらず全国を飛び回る日々を送っていた。だが、福岡関連で福岡放送制作の全国ネット番組『所的蛇足講座』に出演したことで全国ネットに久々に出演。同時期をピーコはファッション評論家の仕事メインで活動していたが、『SMAP×SMAP』での中居正広の物真似であるヒーコの影響から再ブレイクし、『おすぎとピーコ』のパッケージとして再びお茶の間にお馴染みとなった。双方単独の仕事も非常に多くなっている。毎週レギュラーを持つほど福岡での仕事が多い為、福岡ソフトバンクホークスとアビスパ福岡の大ファンであり、特に川崎宗則を「ソウくん」、\xA1 ?73@=m$r!V$J$.$5!W$H8F$s$G2D0&$,$C$F$*$j!"$=$NG.0U$O!"?73@$,>!Mx$r5s$2$?F|$d@n?が活躍した日には誰よりも早く一番に祝福の電話を入れるほどで、2005年、ホークスがプレーオフで破れ日本選手権シリーズ|日本シリーズ出場を逃した際には、『アサデス。』の放送中に号泣したほどである。また、ピーコも近年全国ネットの番組で「おすぎはホークス大好き人間なのよ」と言う事が多い(余談だが、ピーコも何度か『アサデス。』にゲスト出演している)。2006年8月28日放送の『みのもんたの“さしのみ”』内にて、みのもんたからのプレゼントで、川崎と新垣からのメッセージに感激の涙を流していた。現在の本命のタイプは新垣のようである。現在、木曜日レギュラー(2006年春より)の『森田一義アワー 笑っていいとも!』では初登場(2002年春に火曜日隔週レギュラーとして)以来長らく、オープニングでのステージの立ち位置がレギュラー陣の中で最も下手(しもて)で、出演歴が長くなって後輩のレギュラー出演者が増えても、恥ずかしいのぁ +0l8~$KCf1{$K4s$m$&$H$7$J$+$C$?!#$7$+$72006年秋からは自拭 H$h$j8E3 t$N=P1iMKF|%l%.%e%i!PJ!DbDaIS$7$+$$$J$/$J$C$?$3$H$b$"$C$F!"J"$r3g$C$?$N$+%9%F!<%8Cf1{$NDaIS$NNY$KN)$D$h$&$K$J$C$?!#$^$?%l%.%e%i!<=P1i0JA0$N!X>P$C$F$$$$$H$b!』2001年11月23日放送分にゲストとして出演した際、タモリから「軍人顔」と指摘されその年の特大号で関根勤がおすぎの物まねをして登場した際「古い軍人顔」替え歌で歌っていた。おすぎは多数の芸人に物まねされるほどの特徴的な人物だが、本人はまねされるのを嫌っている。不快感を示さないのは関根勤|彼のもののみである。以前、自らレギュラー出演していた『爆笑おすピー大問題!!』で自身のAA(アスキーアート)が紹介され、おすぎ自身に絶賛させた。最近はこのAAが2ちゃんねるの「私のニュース」や「バカニュース」でネタとして頻繁に見かけられる。



    批評・映画評論
    *キネマ旬報(1981-1993)に長く寄稿した後、広告批評等の雑誌に移る。キネマ旬報に寄稿しなくなった理由は不明だが、キネマ旬報のGW特集(1993年5月)以後、1996年6月までの3年間、おすぎは映画評論活動をしていなかった。

  • 淀川長治との共著が多数ある。長年「淀川を殺してでも淀川になるっ!」と言っていたほどだったが、実際は淀川長治が病気になった時には弁当を作ってお見舞いに行くほどまでに親交が深かった。試写会で隣同士になった時には淀川がおすぎの口の中に持参のチョコレートを入れてあげていたとのこと(ピーコ・阿川佐和子の項目にある参考文献や著書に明記されている)。

  • 映画のコマーシャル|CMにナレーションとして出演することが多いが、「映画評論家」という本職であり、映画を公平な立場から批評すべきであるにもかかわらず、特定の映画のCMに高額のギャラを払われて出演するのは問題だと、ビートたけし|ビートたけし(北野武)など一部から批判を受けている。事実、CM出演しない映画には辛らつな批判や悪口雑言が目立つ。

  • 好き嫌いという尺度でしか映画を語れない彼は、映画評論家とは言えないなどの批判も存在する(本人も自覚しているようである)。

  • 各映画への評価として下記のものが挙げられる。
    ・マトリックス・リローデッド
    :『いくらお金を払ってでも見に行きたい。』(『SmaSTATION』)
    ・ゲド戦記
    :『ごみみたい。』(『吉田照美のやる気MANMAN!』2006年7月20日)
    :『音楽がいい』『(スタジオジブリの宮崎駿|宮崎)宮崎駿|駿さんのスタッフが描いてるから絵が素敵』『演出が駄目』
    ・ローレライ (映画)|ローレライ
    :『映画観るより終戦のローレライ|原作読んだほうがいい。』(『PAO〜N』)


    [映画評論文]

    杉浦孝昭名義(1981-1998)及びおすぎ名義(1998- )のもの一覧;おすぎ名義
    ・映画「寝ずの番」監督 マキノ(津川)雅彦VS.おすぎ--日本映画を斬る / マキノ(津川) 雅彦 ; おすぎ 週刊朝日. 111(19) (通号 4745) [2006.4.14]
    ・予測 映画(特集 総予測 2002年) -- (社会・文化) / おすぎ 週刊ダイヤモンド. 90(1) (通号 3915) [2001・02.12・1.29・5]
    ・「お母さんみたいなお父さん」淀川長治 好みのタイプ (20世紀の21人 聞けなかった遺言) / おすぎ 週刊朝日. 105(58) (通号 4418) [2000.12.29]
    ・私が偏愛する3つの名作 (追悼 黒沢明) / おすぎ ; 小室 等 ; 佐藤 忠男 他 週刊朝日. 103(42) [1998.09.25];杉浦孝昭名義
    ・おしゃべり映画講座(第120回)「ぼくのバラ色の人生」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 221) [1998.11]
    ・おしゃべり映画講座 第119回 「ビッグ・リボウスキ」「地球は女で回ってる」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 220) [1998.10]
    ・おしゃべり映画講座(第118回)「河」「アナスタシア」「ライブ・フレッシュ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 219) [1998.09]
    ・おしゃべり映画講座 第117回「ボクサー」「ディープ・インパクト」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 218) [1998.08]
    ・おしゃべり映画講座 第116回「ブルース・ブラザース2000」他 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 217) [1998.06]
    ・おしゃべり映画講座 第115回「恋愛小説家」「ジャッキー・ブラウン」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 216) [1998.05]
    ・おしゃべり映画講座 第114回「シーズ・ソー・ラヴリー」他 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 215) [1998.04]
    ・おしゃべり映画講座(第113回)「アミスタッド」,「フェイス/オフ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 214) [1998.03]
    ・おしゃべり映画講座 第112回 「ゲーム」「世界の始まりへの旅」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 213) [1998.02]
    ・おしゃべり映画講座(第111回)「桜桃の味」「HANA-BI」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 212) [1998.01]
    ・おしゃベり映画講座(110)「メン・イン・ブラック」「ブラス!」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 211) [1997.12]
    ・おしゃべり映画講座(109)「タンゴ・レッスン」「キャリア・ガール」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 210) [1997.11]
    ・おしゃべり映画講座-108-「世界中にアイ・ラブ・ユー」「萌の朱雀」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 209) [1997.10]
    ・おしゃべり映画講座-107-「フィフス・エレメント」「ベント」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 208) [1997.09]
    ・おしゃべり映画講座-106-「ネオン・バイブル」「アントニア」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 207) [1997.08]
    ・おしゃべり映画講座-105-「枕草子」「祝祭」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 206) [1997.06]
    ・おしゃべり映画講座-104-「八日目」「エマ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 205) [1997.05]
    ・おしゃべり映画講座(103)「イングリッシュ・ペイシェント」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 204) [1997.04]
    ・おしゃべり映画講座-102-「スリーパーズ」「シャイン」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 203) [1997.03]
    ・おしゃベり映画講座-101-「エビータ」「クラッシュ」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 202) [1997.02]
    ・おしゃべり映画講座-100-「奇跡の海」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 201) [1997.01]
    ・おしゃべり映画講座-96-「アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生」「秘密と嘘」--人間を見つめる目が光る / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 200) [1996.12]
    ・おしゃべり映画講座-98-「記憶の扉」「42丁目のワーニャ」「ファーゴ」--映画の語り口を堪能する3本(対談) / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 199) [1996.11]
    ・おしゃべり映画講座-97-「ケロッグ博士」「世にも憂鬱なハムレットたち」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 198) [1996.10]
    ・おしゃべり映画講座(96)「フィオナの海」「リービング・ラスベガス」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 197) [1996.09]
    ・おしゃべり映画講座-95-「キッズ・リターン」「蜂の旅人」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 196) [1996.07]
    ・おしゃべり映画講座-94-「いつか晴れた日に」「ヒート」 / 淀川 長治 ; 杉浦 孝昭 広告批評. (通号 195) [1996.06]
    ・Golden Week映画特集--ゴールデンウィーク映画を見る楽しみ--掘り出し物を見つけること / 座談会 黒田 邦雄 ; 座談会 おすぎ ; 座談会 きさらぎ 尚 キネマ旬報. (通号 1105) [1993.05.01]
    ・お正月映画座談会--個性豊かな3人,それぞれのお薦めは…<特集> / おすぎ ; きさらぎ 尚 ; 黒田 邦雄 キネマ旬報. (通号 1097) [1993.01.01]
    ・夏休み映画座談会--「誰が何と言おうと,ワタシはこれがお薦めです」 / おすぎ ; 黒田 邦雄 ; きさらぎ 尚 キネマ旬報. (通号 1088) [1992.08.15]
    ・縦横無尽 (1990年正月映画全作品徹底ガイド--日本映画&外国映画<特別企画>) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 おすぎ キネマ旬報. (通号 1023) [1989.12.01]
    ・'89夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 1014) [1989.07.15]
    ・縦横無尽 (1989正月映画全作品徹底ガイド) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 998) [1988.12.01]
    ・四季版「怪人(ファントム)」に魅せられて (「オペラ座の怪人」をめぐって) / 杉浦 孝昭 新劇. 35(7) [1988.07]
    ・「ノー・マーシイ--非情の愛」<特集> / 杉浦 孝昭 他 キネマ旬報. (通号 960) [1987.05.15]
    ・縦横無尽--'87お正月映画ガイド座談会 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 950) [1986.12.15]
    ・'86年お正月映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 杉浦 孝昭 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 925) [1985.12.15]
    ・'85年夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 915) [1985.07.15]
    ・'85年お正月映画ガイド座談会--縦横無尽 / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 渡辺 祥子 ; 座談会 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 900) [1984.12.15]
    ・夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 890) [1984.07.15]
    ・縦横無尽--'84年正月映画ガイド座談会 / 杉浦 孝昭 ; 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 875) [1983.12.15]
    ・縦横無尽--お金と時間をムダにしないための夏休み映画ガイド座談会 / 杉浦 孝昭 ; 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 865) [1983.07.15]
    ・外国の若者にも充分受け入れられる映画なんだ (「俺っちのウエディング」<特集>) / 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 857) [1983.04.01]
    ・'83年正月映画10本を30倍楽しむためのガイド座談会 / 双葉 十三郎 ; 杉浦 孝昭 ; 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 849) [1982.12.01]
    ・トリュフォーの"恋の色" (「隣の女」<特集>) / 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 850) [1982.12.15]
    ・82年夏休み映画ガイド座談会--縦横無尽 / 双葉 十三郎 ; 渡辺 祥子 ; 杉浦 孝昭 キネマ旬報. (通号 840) [1982.07.15]
    ・16本の正月映画--縦横無尽 (話題の82年正月映画特集) / 座談会 双葉 十三郎 ; 座談会 杉浦 孝昭 ; 座談会 渡辺 祥子 キネマ旬報. (通号 826) [1981.12.15];単行本
    おすぎとピーコのこの映画を見なきゃダメ!! / おすぎ,ピーコ. -- 学習研究社, 2005.12
    おすぎです。映画を観ない女はバカになる / おすぎ. -- 主婦と生活社, 2004.12
    ・映画が終わったその夜に / 杉浦孝昭. -- TaKaRa酒生活文化研究所, 1999.4. -- (酒文ライブラリー)
    おすぎのいい映画を見なさい. 3 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    おすぎのいい映画を見なさい. 2 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    おすぎのいい映画を見なさい. 1 / 杉浦孝昭. -- 芳賀書店, 1998.12
    ・おしゃべりな映画館. 4 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1997.10
    ・おしゃべりな映画館. 3 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1994.7
    おすぎの私家版映画年鑑. 1989-1991 / 杉浦孝昭. -- メディアファクトリー, 1992.10
    ・おしゃべりな映画館. 2 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1991.4
    ・おしゃべりな映画館 / 淀川長治,杉浦孝昭. -- マドラ出版, 1990.5
    ・捨て鉢ほめ捨て捨て台詞 / 杉浦孝昭. -- 話の特集, 1986.8
    おすぎのシネマトーク / 杉浦孝昭. -- シネ・フロント社, 1986.5



    レギュラー番組




    [現在]




    [テレビ]


  • 森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビジョン|フジテレビ):木曜日

  • 情報プレゼンター とくダネ!(フジテレビ):金曜日

  • アサデス。(九州朝日放送|KBCテレビ):月曜日

  • おすぎのシネバラ!(チャンネルNECO・スカイパーフェクTV261ch)

  • おすピー&ロンブーの起きなさいよッ!!(フジテレビ)

  • SMAP×SMAP(フジテレビ)不定期出演


    [ラジオ]


  • 吉田照美のやる気MANMAN!(文化放送、マイクサイドボクシング俺に言わせろ!):木曜日

  • PAO〜N(KBCラジオ):月曜日

  • 工藤じゅんきの十人十色(STVラジオ):隔週水曜日


    [過去]




    [テレビ]


  • スーパーモーニング(テレビ朝日):コメンテーター

  • 2時のホント(フジテレビ):月末最終金曜日の『おすぎとピーコのシネマサロン』のコーナー

  • ジャスト (情報番組)|ジャスト(東京放送|TBSテレビ):月末最終金曜日の『おすぎとピーコのシネマサロン』のコーナー

  • 所さん&おすぎの偉大なるトホホ人物伝(テレビ東京)

  • ものまね王座決定戦審査員(おすぎとピーコとして)(フジテレビ)

  • 金のA様×銀のA様(日本テレビ放送網|日本テレビ)

  • ハッピーボーイズ!→ハッピーボーイズアワー爆笑おすピー問題!→爆笑おすピー大問題!!(フジテレビ)



    [ラジオ]


  • おすぎのいいすぎ!?(ニッポン放送、『垣花正のニュースわかんない!?』内、2003年〜2004年)

  • おすぎの素晴らしきシネマランド(STVラジオ、1985年〜1989年)

  • おすぎと洋二の言いすぎたかしら(STVラジオ、1991年〜1994年)

  • おすぎの美しくなりたい(STVラジオ、1996年10月〜1999年4月)

  • おすぎと俊介の普通じゃナイト(STVラジオ、1999年4月〜1999年9月)

  • おすぎとコージのあぶない関係(KBCラジオ、〜2003年3月、PAO〜Nスタートに伴い発展的終了)

  • 中村もときの通勤ラジオ(KBCラジオ、〜2003年3月、PAO〜Nスタートに伴い降板、番組自体は現在も放送中)



    著書


  • やっぱり出たか おすぎの猛毒!! ― 芸能界てんやわんや(光文社、1984年1月)

  • おすぎの男はこんな料理(お・ん・な)が食べたい ― 男の味覚と気持ちがわかる本(主婦と生活社、1984年9月)

  • おすぎのシネマトーク(シネ・フロント社、1986年5月)

  • おすぎの私家版映画年鑑〈1989‐1991〉(メディアファクトリー、1992年9月)

  • いまの日本の大問題(扶桑社、1994年6月 佐高信との共著)

  • おすぎの大料理(文化出版局、1995年5月 料理本)

  • おすぎのいい映画を見なさい(芳賀書店、1998年12月 北九州都市圏で発行されているタウン情報誌「おいらの街」での連載をまとめたもの、全3巻)ここまで本名の杉浦孝昭名義で出版(「いまの日本の大問題」を除く)、以降はおすぎ名義で出版したもの。*おすぎです。映画を観ない女はバカになる!(主婦と生活社、2004年12月 雑誌「JUNON」での連載をまとめたもの)

  • バカバカバカ!(ぺんぎん書房、2005年7月 「薔薇族」での連載をまとめたもので、初のエッセイ集である)

  • 愛の十三夜日記(ダイヤモンド社、2005年9月 「日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合|CDV-JAPAN」での連載をまとめたもの)

  • おすぎとピーコのこの映画を見なきゃダメ!!(学習研究社、2005年11月 ピーコとの共著で、テレビ情報誌「TV LIFE」での連載をまとめたもの)



    関連項目・人物


  • 神奈川県出身の有名人一覧

  • 映画評論家一覧

  • ピーコ

  • 淀川長治

  • 王貞治

  • 川崎宗則

  • 新垣渚

  • 松中信彦

  • 沢田幸二

  • 原田愛子

  • 近藤鉄太郎

  • 徳永玲子

  • 西田たかのり

  • 児玉育則

  • 逸見明正


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    2007年01月12日

    映画監督[那須博之]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    那須博之



    那須 博之(なす ひろゆき、1952年1月27日 - 2005年2月27日)は、日本の映画監督。東京都出身。妻は脚本家の那須真知子。



    略歴

    東京都立西高等学校、東京大学経済学部卒業後、日活に助監督として入社。1982年に日活ロマンポルノ『ワイセツ家族 母と娘』で監督デビュー。1985年の監督作『ビー・バップ・ハイスクール』のヒットで注目される。仲村トオルをオーディションで見出しデビューへ導いたのは那須である。2004年の監督作『デビルマン』は遺作となったが、批判的な評価が一般的である。2005年、肝癌|肝臓がんのため53歳で死去。



    主な監督作品


  • ワイセツ家族 母と娘(1982年)

  • セーラー服・百合族2(1983年)

  • セーラー服 百合族(1983年)

  • 姉日記(1984年)

  • ルージュ(1984年)

  • ヴァージンなんか怖くない(1984年)

  • 美少女プロレス 失神10秒前(1984年)

  • タブーX倒錯(1985年)

  • ビー・バップ・ハイスクール(1985年)

  • 紳士同盟(1986年)

  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌(1986年)

  • 新宿純愛物語(1987年)

  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲(1987年)

  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎狂騒曲(1987年)

  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎完結篇(1988年)

  • ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎音頭(1988年)

  • 右曲がりのダンディー(1989年)

  • 代打教師 秋葉、真剣です!(1991年)

  • ろくでなしBLUES(1996年)

  • 地獄堂霊界通信(1996年)

  • 新・湘南爆走族 荒くれKNIGHT4(1998年)

  • 新・湘南爆走族 荒くれKNIGHT3(1998年)

  • あばれブン屋(1998年)

  • 実録外伝 武闘派黒社会(1999年)

  • ピンチランナー (映画)|モー娘。走る! ピンチランナー(2000年)

  • デビルマン (映画)|デビルマン(2004年)


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    2007年01月11日

    映画監督[原一男]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    原一男



    原 一男 (はら かずお、1945年6月8日-)は、映画監督。山口県宇部市出身。東京綜合写真専門学校中退。自分の元同棲相手を追った『極私的エロス 恋歌1974』や奥崎謙三を追った『ゆきゆきて、神軍』(1987年、ベルリン国際映画祭にてカリガリ映画賞、パリ国際ドキュメンタリー映画際グランプリ受賞)など異色のドキュメンタリーで知られる。現在、大阪芸術大学映像学科教授。



    主な監督作品


  • さようならCP (1972年)

  • 極私的エロス 恋歌1974 (1974年)

  • ゆきゆきて、神軍 (1987年)

  • 全身小説家 (1994年)

  • わたしの見島 (1999年)

  • またの日の知華 (2004年)



    外部リンク


  • 疾走プロダクション

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