2008年06月23日

映画監督[浜村淳]

お待たせ!
映画ファン「映画監督・評論家編」
浜村淳




浜村 淳(はまむら じゅん・JUN HAMAMURA、1935年1月10日 - )は、日本のタレント、ラジオパーソナリティ|パーソナリティ、映画評論|映画評論家、司会者。本名塩浜 真(しおはま まこと)。なお芸名の「淳」の読み方の一つに「まこと」と言う読み方がある。京都府出身。京都府立山城高等学校を経て、同志社大学文学部卒業。毎日放送|MBSラジオの「ありがとう浜村淳です」のパーソナリティを35年以上担当している。所属芸能事務所|事務所は渡辺プロダクション→吉本興業→昭和プロダクションである。



来歴・人物

「さてみなさん(聞いて下さい)」(みにアクセント)等のフレーズと、独特の「浜村節」でお馴染み。関西地方で毎朝流れるラジオ番組、毎日放送|MBSの「ありがとう浜村淳です」の司会を1974年から続けており、朝の8時からほとんどCM無しで喋り続け、驚異的な聴取率を誇っている。1980年代からは大平サブローが緻密なものまねを披露しており、人気を得ている。浜村の物真似の定番は、スパンコールで派手な1970年代を思わせるジャケットに、派手な装飾の色眼鏡(決してサングラスではない)に、色カツラである。また映画解説でも水野晴郎の様に高い評価を得ている。浜村の映画解説は独特で、映画の内容を詳細にわたって熱演し、ラストシーンはおろかエンドロールに至るまで言及してしまうほど勢いのある物である。これから映画を観ようとする人にとって「観る前にストーリーを明かされた」と思わせるほど、ストーリーを理解している。アクション映画の解説の際には、邦画洋画を問わず「必殺飛燕一文字五段蹴り!」という掛け声を入れるなどの特徴がある。\xA1 2r@b$O$"$i$+$8$aMQ0U$5$l$?BfK\$J$I$rFI$s$G$$$k$N$G$O$J$/!"40A4$J%"%I%j%V$G$"$k!#$5$i$K!"1G2h$N%Q%s%U%l%C%H1枚見ただけでも長い時間話せる技も持っている。これらのことから浜村の映画解説は映画ファンのみならず多くのラジオファンからも熱烈に支持されている。それは通常の解説の域を越え、ひとつの芸と見なされてコンパクトディスク|CD化もなされている。新聞からの記事を紹介するときには、芝居の節回しや連呼が使われ(「スゴいんです、スゴいんです。何がスゴイかと言いますと…」等)、捲くし立てる様に連呼の後に「…と、いうような」と、緩急のつけ方も巧い。そのとき出てくる言葉にちなんだネタ(映画に関するものが多い)が出てくるなど、豊富な教養と大仰な煽りを駆使して「遠回りしながら」の解説が多く、「○○でしょうか?いえ、そんな事はありません!」等という反語的言い回しも多用する。映画に極めて詳しい一方で芸能関係では、年配の芸能人には詳しいが若手芸能人には詳細に踏み込まず、知識不足を露呈することがある。上岡龍太郎の喋りの師としても知られる。ディベートの巧みさに関しても筆舌に尽くしがたい技\xA1 =Q$r;}$C$F$$$k!#$+$D$F!V:G8e$NHU;A_(テレビ番組)|最\xA1 8e$NHU;A !W$H$$$&%F%l%SHVAH$G!"=P1i$N=P1iCO0h$G;E;v$r$7$F$$$J$$!#:#$G$b4X@>$N8E$$%P%s%I%^%s!&%7%s%,!<$+$i$O!"K\L>$r$b$8$C$?!V$^$3%A%c%s!W$H8F$P$l$k$3$H$,$"$k!#OBED%"%-;R$H$O%P%s%I2<@Q$_;~Be$+$i$N?F8r$,$"$j!"!VOBED%"%-;R!W$H8F$S/$J$$7]G=?M$G$"$k!JOBED$b!V$^$3%A%c%s!W$H8F$s$G$$$k!K!#!V?M$KG/Np$r?R$M$k$N$OL5?h!W$H$N%]%j%7!<$+$i!"?M$KG/Np$rJ9$+$J$$$HF1;~$K<+$i$NG/Np$K$D$$$F$b?J$s$G$O8l$i$J$$!#%i%8%*$GG/Np$r8@$&$H$-$O7h$^$C$F38歳である。人から年齢を聞かれると「アラン・ドロンと同じです」とだけ答える。相手がなおも「アラン・ドロンっていくつでしたっけ」と聞いてくる場合は、「私と同じです」と答えるのである。2006年、徳川夢声市民賞を受賞。授賞式と記念講演は同年12月10日に島根県益田市で行われた。



作品




[ アルバム ]


  • 浜村淳の実話怪談「大幽霊屋敷」(1998年)

  • 甦る心の名画座(2004年)



    出演




    [ テレビ番組 ]


  • ゲーム・ホントにホント?(1975年〜1981年、日本放送協会|NHK レギュラーパネリスト)

  • 浜村淳の人・街・夢(関西テレビ放送|KTV)

  • かんさい珍版・瓦版(MBS)

  • 上方漫才まつり(MBS)

  • シェフにおまかせ!(1981年〜1983年、MBS)

  • イカにもスミにも(1987年〜1990年、MBS)

  • 最後の晩餐 (テレビ番組)|最後の晩餐(2000年〜2002年、讀賣テレビ放送|よみうりテレビ)

  • 2時のワイドショー(1979年〜1992年、よみうりテレビ)

  • 浜村淳の大阪夢散歩(KTV)

  • 全日本有線放送大賞(1968年〜1991年、よみうりテレビ)

  • クイズおもしろ駅サイティング(1986年〜1988年、サンテレビジョン|サンテレビ)

  • 夕やけニャンニャン(1985年〜1987年、フジテレビ)

  • また又・三匹が斬る!(1991年4月 - 9月放送)〜新・三匹が斬る!(1992年7月 - 1993年2月放送)ナレーター、また又・三匹が斬る!の1話に出演。仁兵衛役 (テレビ朝日)

  • 映画へようこそ・解説(MBS)

  • 健康手帖(テレビ大阪|TVO)

  • ママの番組デス!!(MBS)

  • 全日本歌謡選手権(よみうりテレビ)

  • ワイドABCDE〜す(朝日放送|ABC)

  • アップダウンクイズ(MBS) 10問正解・ハワイ旅行を達成している

  • パネルクイズ アタック25(ABC)パリ旅行を達成している


    [ ラジオ ]


  • ヒットでヒット!バチョンと行こう→サタデーバチョン(1970年〜1991年、ラジオ大阪|OBC)

  • ありがとう浜村淳です(1974年〜、MBSラジオ|MBS)

  • ありがとう浜村淳です土曜日です(1974年〜、MBS)

  • 浜村淳の日曜夢語り(〜2006年3月、MBS)

  • 浜村淳の茶屋町チャ・チャ・チャ(2006年4〜9月、MBS)

  • 浜村淳のなんばでルンバ!(2006年10月〜MBS)

  • かんさい土曜ほっとタイム(1995年〜、日本放送協会|NHK、第4土曜日のみ出演)

  • お待たせしました 浜村淳です! (TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBS)

  • 古今東西!浜村淳 (TBS)

  • ストリーム (TBSラジオ)|ストリーム(TBS)
    :金曜日のリスナーズ・チョイス「小西克哉のブラボーシネマ」の映画紹介で不定期出演。

  • MBSヤングタウン|ヤンタンスペシャルサンデー 浜村淳の茶屋町クスクス(1991年〜1992年、MBS)

  • 毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク


    [ 映画 ]


  • 続・新悪名(1962年)のど自慢の司会役 渡辺プロ所属時代の唯一の表舞台であった。

  • GREEN BOY グリーンボーイ(1989年)

  • 風、スローダウン(1991年)踏切の男

  • ビリケン(1996年シネカノン)

  • PiPi とべないホタル(1996年)※声のみの出演

  • 大阪物語(1999年)

  • かぞくのひけつ(2006年シマフィルム)性病科の医師役


    [ CD ]


  • 大阪でもまれた男/THE BOOM(1999年)

  • ハッピー ラッシュ!/BLACK BOTTOM BRASS BAND(2003年)

  • ハロー!プロジェクトラジオドラマ大阪編 Vol.1(2004年)

  • ハロー!プロジェクトラジオドラマ大阪編 Vol.2(2004年)


    [ CM ]


  • 恩地食品 「あ〜おんちかった(あ〜おいしかった)」のフレーズで有名。

  • リクルート 週刊就職情報

  • イズミヤ

  • 広東料理ハマムラ

  • ニンテンドー64用ソフト ゴールデンアイ 007

  • 原子力発電推進PR

  • メナード青山リゾート



    書籍


  • 淳のしゃべりしにものぐるい (ラジオ大阪編・ブック社発行、1975年5月26日第一刷発行 860円)

  • 浜村淳の話し上手を心でつかめ(1984年、ひかりのくに)

  • 星影の飛鳥(1989年、羊書桝f人社])

  • 淳ちゃんの名作映画をありがとう(1992年、イグザミナ)

  • 源氏物語 花はむらさき(1994年、プラザ[青心社])

  • 浜村淳のお話大好き(1999年、毎日新聞社)

  • さてみなさん聞いてください 浜村淳ラジオ話芸(2003年、西日本出版社)



    ゲーム


  • 大幽霊屋敷(だいおばけやしき)〜浜村淳の実話怪談〜(プレイステーション、1998年、ヴィジット)



    備考


  • 芸能人としては初めて、国立大学(和歌山大学経済学部)の講師となったことで話題になり、1994年、追手門学院大学文学部講師として再び教壇に立った。

  • ユニバーサルスタジオジャパンがオープンしたとき、関西では「浜村淳は連れて行かない」というテレビCMが放映された(机に大金を積まれて行くことを断念させられそうになるが、「何でですねん?」と問い返すという内容)。オープン後、彼が初めてUSJに行く模様が毎日放送テレビのバラエティ番組で実況中継された。CMに関してはあくまでも演出である。

  • 毎日放送の映画劇場にて「マイク・ザ・ウィザード」の解説を行った際、浜村は「それではアメリカの、お金のかかった凄い凄いSFXをたっぷりとご覧いただきましょう。」と言っている。しかしこの映画は監督のマイク・ジトロフによるホームメイドテイスト溢れる自主映画に近い存在の作品で、SFXは古典的なコマ撮りをメインにした内容。この事から分かるように解説をしている作品全てを浜村が見ている訳ではなく、ラジオなどで解説した内容と、実際の映画の内容が違うということはよくある。

  • 嫌いな映画として、バットマンを挙げている。“背景も暗ければ、ストーリーも暗いから"であると言う。



    外部リンク


  • 昭和プロダクション(所属事務所のホームページ)

  • MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」

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    2008年06月22日

    映画監督[行定勲]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    行定勲



    行定 勲(ゆきさだ いさお、1968年8月3日 - )は、日本の映画監督。熊本県出身。熊本県立第二高等学校普通科卒業。東放学園|東放学園専門学校在学中より制作会社へ入社。



    来歴・人物

    岩井俊二監督のTVドラマ(『GHOST SOUP』・『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』:共にフジテレビジョン|フジテレビ)の助監督、林海象監督のインディーズ系映画の助監督等を経て、岩井俊二監督の劇場映画「『Love Letter』(1995年、ヘラルド・エース)・『スワロウテイル』(1996年、日本ヘラルド)等に助監督として参加。『OPEN HOUSE』(1997年、松竹)で長編映画初監督(第2回みちのく国際ミステリー映画祭 in 盛岡で新人監督奨励賞グランプリ)。当時松竹のプロデューサーだった奥山和由氏の解任騒動で、劇場での上映 ( 盛岡フォーラム1 ) はこの映画祭のみだった。しかし、行定勲の初監督作品という事で2003年末にシネ・リーブル池袋などで公開された。この頃から一部業界関係者からはポスト岩井の呼び声も高く、注目され始める。その後『OPEN HOUSE』を観たプロデューサーから映画監督の依頼があり、『ひまわり』(第5回釜山国際映画祭批評家連盟賞)で拭 k$K7`>l8x3+4FFD%G%S%e!行定勲」をスタートさせた。http://www.fmk.fm/kantoku/



    監督作品




    [ 映画 ]


  • OPEN HOUSE(1997年、兼脚本)

  • 閉じる日(2000年、兼脚本)

  • ひまわり (2000年の映画)|ひまわり(2000年、兼脚本)

  • えんがわの犬(2001年)

  • GO(小説)|GO(2001年)

  • 贅沢な骨(2001年、兼プロデューサー・脚本)

  • Jam Films(2002年、兼脚本)

  • 月に沈む(2002年、兼脚本)

  • ロックンロールミシン(2002年、兼脚本)

  • きょうのできごと a day on the planet(2003年、兼脚本)

  • セブンス アニバーサリー(2003年)

  • 北の零年(2004年)

  • 世界の中心で、愛をさけぶ(2004年、兼脚本)

  • 春の雪(2005年)

  • ショコラの見た世界(2006年)

  • ユビサキから世界を(2006年、兼脚本)

  • 遠くの空に消えた(2007年、兼脚本)

  • クローズド・ノート(2007年、兼脚本)


    [ テレビドラマ ]


  • カノン(2001年)

  • 私立探偵 濱マイク(2002年、兼脚本)

  • 恋する日曜日(ファーストシリーズ)(2003年)


    [ ウェブドラマ ]


  • 髪からはじまる物語(2005年、兼脚本)



    その他の作品




    [ 映画 ]


  • 打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?(1993年) - 助監督

  • 我が人生最悪の時(1994年) - 助監督

  • 遥かな時代の階段を(1995年) - 助監督

  • Love Letter(1995年) - 助監督

  • スワロウテイル(1996年) - 助監督

  • 四月物語(1998年) - 助監督

  • Jam Films|Jam Films S(2004年) - プロデューサー・脚本


    [ テレビドラマ ]


  • GHOST SOUP(1992年) - 助監督


    [ OV ]


  • 毛ぼうし (1997年) - 助監督



    受賞歴


  • 日本アカデミー賞
    第25回最優秀監督賞(『GO (小説)|GO』)
    第28回優秀監督賞(『世界の中心で、愛をさけぶ』)
    第29回優秀監督賞(『北の零年』)

  • ブルーリボン賞 (映画)|ブルーリボン賞
    第44回監督賞(『GO (小説)|GO』)

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    2008年06月21日

    映画監督[鈴木雅之]

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    映画ファン「映画監督・評論家編」
    鈴木雅之



    鈴木 雅之(すずき まさゆき)は、日本の人名。* 江戸後期から明治期の国学者(1837年 - 1871年) → 鈴木雅之 (国学者)

  • 元ラッツ&スターの歌手(1956年 - ) → 鈴木雅之 (歌手)

  • フジテレビジョン|フジテレビに所属する演出家(1958年 - ) → 鈴木雅之 (演出家)

  • 声優 → 鈴木雅之 (声優)

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    2008年06月20日

    映画監督[伊藤大輔]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    伊藤大輔



    伊藤大輔(いとうだいすけ)* 伊藤大輔 (映画監督)(1898-1981)は、愛媛県出身の大正・昭和期の時代劇で有名な映画監督。

  • 伊藤大輔 (レーサー)(1975- )は、三重県出身のレーシングドライバー。

  • 伊藤大輔 (俳優)は、NHK教育製作のドラマ『虹色定期便』に出演していた子役。

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    2008年06月19日

    映画監督[北村龍平]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    北村龍平



    北村 龍平(きたむら りゅうへい、1969年5月30日 - )は、DGA(全米監督協会|全米映画TV監督組合)に所属する日本人映画監督。大阪生まれ。ハリウッドのエージェントはクリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)。東京都内に製作会社ナパーム・フィルムズを主宰。現在はロサンゼルス在住。



    経歴
    大阪の高校中退後、17歳でオーストラリアへ渡り、スクール・ オブ・ビジュアル・アーツ映画科に入学。卒業制作の短編映画『EXIT -イグジット-』が高い評価を受け、年間最優秀監督賞を受賞する。帰国後映画以外の職に就きながら1995年に映像集団ナパームフィルムズを結成、自主制作映画『DOWN TO HELL』が第1回インディーズムービー・フェスティバルでグランプリを受賞し、渡部篤郎主演で『ヒート・アフター・ダーク』を製作する。その後インディーズムービー・フェスティバルのスカラシップ作品ぁ H$7$F4FFD$7$?!XVERSUS (映画)|VERSUS -ヴァーサス-』で名を知られるようになる。その後『あずみ (映画)|あずみ』『ゴジラ FINAL WARS』などの大作を監督する。そのビッグマウスと豪胆な風貌から国内の評価は分かれるが、海外での評価は高く『VERSUS -ヴァーサス-』はかのジャン=リュック・ゴダールも『アワーミュージック』(2004年)に引用したと述べている。『VERSUS -ヴァーサス-』でローマ国際ファンタスティック映画祭監督賞、『荒神』でブリュッセル国際ファンタスティック映画祭監督賞、『あずみ』でフィラデルフィア国際映画祭観客賞を受賞。



    評価・批評・興行価値
    *なお、北村作品は『あずみ』『ゴジラ FINAL WARS』など歴代の人気漫画・シリーズを手がける際、国内のファンから批判されるものも少なからず存在しており、「どこかで見たようなビジュアル」「本人のビッグマウスに作品の評価\xA1 $,$D$$$F9T$C$F$J$$!W$J$I$N2A$r2<$5$l$k;v$bB?$$!#
  • ストーリーと上映時間が合致しないのも、北村評では定番の見解。アクションだけの映画で2時間以上であるとか、無意味に長い上映時間も北村作品の興行価値を落としている要因と云われている。初期作品で上映時間を巡って映像編集の掛須秀一ともかなりの確執があったと、自身もDVDコメンタリで述べている。

  • 北村の作品『あずみ』(8億円)『ゴジラ FINAL WARS』(12.6億円)の2本が自身、最高興収部類に入るが、両作共、(主にコアなファンから)賛否両論、それ以上に否定的な意見も多く、特にゴジラにおいては最終作にもかかわらず従来のゴジラ映画の「お約束事」を次々と破ったため、「ゴジラを殺した男」と云う辛辣な意見もある。

  • 『VERSUS -ヴァーサス-』の国際映画祭での上映で、一気に北村人気に火がつく。特にホラーとアクションをブレンドした作りは、一見チープに見えるも、そのチープさを覆い隠す勢いが北村作品にある。しかしこの手の展開が毎度続き、観客を飽きさせているのも事実である。



    北村とハリウッド
    *『VERSUS -ヴァーサス-』の成功で、ハリウッドのミラマックス・フィルムズが北村と複数年のファーストルック契約(企画を同社優先で検討出来る契約)を締結、年間数千万円の企画調査費が支給されたと思われる。こうして北村=ハリウッド・コネクションは完成されたが、北村の進出第1弾へのサインを交わしたのはそれから4年後の事で、アメコミ映画の映画化や人気シリーズの続編等、北村を触発する様な企画は無かったと云う。その中の1本に『ワイルドスピード 東京ドリフト』もあったと云う。最終的にハリウッド進出第1弾が決まったぁ N$,2006年秋で、その作品はクライブ・バーカー原作の短編『ミッドナイト・ミートトレイン』と決定。2007年春にロサンゼルスで撮影開始、2008年5月にライオンズゲートによって世界配給される予定だが、ミラマックスは本作とは関係ない。

  • 新作を選んだ理由について北村は自称アクションフィギュアのコレクターである事をクライブ・バーカーの公式サイトで明かしており、「この20年同じフィギアばかり買っており、新しいアクションヒーローの登場を待望していた。その要素がこの企画にはある」と述べている。

  • 新作『ミッドナイト・ミートトレイン』の脚本改稿過程で、原作者のクライブ・バーカーとの意見の相違がかなり見られたが、北村が自らのアイデアを最後まで押し通し、合意に達したと、バーカー自身の公式ウェブサイトで語っている。北村本人は映画ウェブIndiewire.comでこの件に関し、「原作のクライヴはかなり激怒したが、ヒットさせるため、敢えて自分のアイデアを推した。原作者の云われた通りにやったのでは来た意味がない」と、日本時代と同様、俺流を通したと述べている。

  • 当初全米公開が3月だった『ミッドナイト・ミート・トレイン』は1月・2月のリサーチ用試写でのあまりの評判の悪さを受け、作品の改良をはかるため5月に公開を延期。しかし、制作・配給を手がけるライオンズ・ゲート社は「手直し出来るレベルに無い」との判断から全米公開を中止。劇場作品としてではなく、DVDスルー作品とすると発表。これにより北村龍平監督のハリウッドデビューは完全なる大失敗になると思われたが、某有名編集マンの力を借りたすえに再編集版が完成。再度テスト試写を行うと、1,2月の酷評が嘘のような高評価を獲得。ライオンズ・ゲートは8月1日に全米劇場公開を決定した。



    その他
    *ハンドヘルド撮影(手持ちカメラ)を極端に嫌い、得意とするアクション・シーンではフィックス撮影、ドーリー撮影を多用する。

  • フランス映画界の巨匠ジャン=リュック・ゴダールの監督作品『アワーミュージック』で北村の『VERSUS -ヴァーサス-』の事が触れられている。

  • アメリカでの代理人はCAA(クリエイティヴ・アーティスツ・エージェンシー)とマネージメント会社Anonymous Content社。ウォン・カーワイやアン・リー、デイヴィッド・フィンチャー、菊池凛子等もCAAに代理されている。

  • デビュー前に「フレディVSジェイソン」という映画の絵コンテを作っていた。奇しくもまったく同じ企画の「フレディVSジェイソン」が公開されたが、北村はその映画を「良かった」と評価した。



    主な監督作品



    [ 劇場用映画 ]
    * DOWN TO HELL(1997年)

  • ヒート・アフター・ダーク(1999年)

  • VERSUS (映画)|VERSUS -ヴァーサス-(2000年)

  • Jam Films 「the messenger -弔いは夜の果てで-」(2002年)

  • ALIVE (映画)|ALIVE -アライブ-(2003年)

  • あずみ (映画)|あずみ(2003年)

  • 荒神(2003年)

  • スカイハイ (漫画)#スカイハイ 劇場版|スカイハイ 劇場版(2003年)

  • LONGINUS(2004年) - DVD作品

  • ゴジラ FINAL WARS(2004年、東宝)

  • Bandage(2005年)

  • LOVE DEATH(2006年)

  • ミッドナイト・ミートトレイン(2008年)


    [ ゲーム ]
    *メタルギアソリッド|METAL GEAR SOLID THE TWIN SNAKES(2004年) ※ムービー部分の演出


    [ CM ]
    *京セラ 携帯電話 A1403K(2004年)


    [ その他 ]
    *『長渕剛オールナイトライブin桜島DVD』

  • 『スカイハイ』(2003年/テレビ朝日)

  • 『スペシャルドラマ恋愛小説/月のしずく』(2006年/東京放送|TBS)

  • 『コミックフラッパー』にて漫画原作者として「マリオンハイド」連載(作画:加倉井ミサイル)



    外部リンク
    *Ryuhei Kitamura.com

  • マイコミ・ジャーナル

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    2008年06月17日

    映画監督[篠原哲雄]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    篠原哲雄



    篠原 哲雄(しのはら てつお、1962年2月9日 - )は、東京都出身の映画監督。桐蔭学園高等学校、明治大学法学部卒。専攻は法社会学、法文化論。監督作品『月とキャベツ』が初の劇場用長編作品となる。以降、『洗濯機は俺にまかせろ』(1999年)、『はつ恋』(2000年)、『命』(2002年)等を手がける。



    監督作品


  • 亀顔少年(1984年)

  • RUNNING HIGH(1989年)

  • 草の上の仕事(1993年)

  • バカヤロー!V エッチで悪いか -天使たちのカタログ-(1993年 カラー31分 ビデオ作品(オムニバスの1本))

  • YOUNG & FINE(1994年、ツインズ)

  • 歪んだ欲望 -Emotional Blue-(1995年、アルゴピクチャーズ)

  • 月とキャベツ(1996年、エースピクチャーズ、西友)
    出演:山崎まさよし、真田麻垂美

  • 悪の華(1996年、KISS
    出演:大沢樹生、原久美子、大杉漣、浅沼順子、原サチコ、並木史郎、横山あきお

  • 恋、した。 オールドタウンで恋をして(1997年、テレビ東京、アミューズ)
    出演:小林麻子

  • ふたりのアリス(1997年 フジテレビジョン|フジテレビ、ロボット (企業)|ROBOT)
    出演:浜丘麻矢、鶴見辰吾

  • なっちゃん家 なっちゃん家のお客さん(1998年、テレビ朝日、アミューズ)

  • 洗濯機は俺にまかせろ(1999年、ボノボ、スターボード)
    出演:筒井道隆、富田靖子、小林薫

  • 村山由佳|きみのためにできること(1999年、日活)
    出演:柏原崇、真田麻垂美、川井郁子、岩城滉一、大杉漣、田口浩正

  • はつ恋(2000年、東映)
    出演:田中麗奈、原田美枝子、平田満、真田広之

  • 死者の学園祭(2000年、東映)
    原作:赤川次郎
    出演:深田恭子、加藤雅也、内田朝陽、根津甚八 (俳優)|根津甚八

  • 華倫変|張り込み(2001年、JRSS)
    出演:若林しほ、小市慢太郎、堺雅人、榊ゆりこ、木村つかさ、伊沢麿紀、伊藤洋三郎

  • 女学生の友(2001年7月、ビーエス・アイ|BS-i、東宝)
    原作:柳美里、出演:山崎努、前田亜季、野村佑香、山崎一、毬谷友子、中村久美、山田辰夫

  • 命 (映画)|命 (2002年、命製作委員会(東京放送|TBS、東映、小学館、TOKYO FM、朝日新聞))
    原作:柳美里
    出演:江角マキコ、豊川悦司、筧利夫、寺脇康文、平田満、麻生久美子、樹木希林

  • 木曜組曲(2001年、光和インターナショナル)
    出演:鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美、加藤登紀子、浅丘ルリ子

  • 昭和歌謡大全集(2001年、光和インターナショナル、バンダイビジュアル)
    出演:松田龍平、池内博之、斉藤陽一郎、近藤公園、安藤政信

  • けん玉(『Jam Films』内の一編・2002年)
    出演:山崎まさよし、篠原涼子、山田幸伸、氏家恵、あがた森魚

  • オー・ド・ヴィー(2002年、オー・ド・ヴィー製作委員会)
    出演:岸谷五朗、小山田サユリ、鰐淵晴子、寺田農、松重豊、朝加真由美、根岸季衣

  • 天国の本屋〜恋火(2004年)
    出演:竹内結子、玉山鉄二、香里奈、新井浩文、香川照之、原田芳雄

  • 深呼吸の必要(2004年)
    出演:香里奈、谷原章介、成宮寛貴、長澤まさみ

  • 欲望 (日本映画)|欲望(2005年、光和インターナショナル)
    出演:板谷由夏、村上淳、高岡早紀、津川雅彦

  • 地下鉄に乗って|地下鉄(メトロ)に乗って(2006年)
    出演:堤真一、岡本綾、大沢たかお、常盤貴子

  • クリアネス|クリアネス(2008年2月16日公開 ゼアリズエンタープライズ/ドーガ堂)
    出演:杉野希妃、細田よしひこ、哀川翔、小柳友、高田純次、斎藤工

  • 山桜|山桜(2008年5月公開予定 東京テアトル)
    出演:田中麗奈、東山紀之、篠田三郎、檀ふみ、北条隆博、南沢奈央、富司純子



    外部リンク


  • 篠原哲雄オフィシャルホームページ

  • 「命」公式サイト

  • 篠原哲雄監督が出演された番組


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    2008年06月16日

    映画監督[竹中直人]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    竹中直人



    神奈川県横浜市
    | 国籍 =
    | 民族 =
    | 血液型 = A型
    | 生年 = 1956
    | 生月 = 3
    | 生日 = 20
    | 没年 =
    | 没月 =
    | 没日 =
    | 職業 =俳優・コメディアン・映画監督・歌手
    | ジャンル = 映画・テレビドラマ・舞台・オリジナルビデオ
    | 活動期間 = 1977年所属事務所の公式プロフィールより。それ以前のテレビ出演は素人としてのものである。 - 現在
    | 活動内容 =
    | 配偶者 =木之内みどり
    | 家族 =
    | 公式サイト =
    | 主な作品 =
    | 日本アカデミー賞 =
    | その他の賞 =
    | 備考 =
    }}
    竹中 直人(たけなか なおと、1956年3月20日 - )は、日本の俳優、コメディアン、映画監督、歌手。フロムファーストプロダクション所属。妻は、元アイドル歌手・女優の木之内みどり。



    来歴




    [ 経歴 ]

    神奈川県横浜市金沢区出身。横浜市立富岡小学校、横浜市立金沢中学校、関東学院六浦高等学校、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。大学在学中は映像演出研究会に所属。8ミリ映画の制作に没頭し、監督から出演までこなした(ブルース・リーをモチーフにした作品が多く、代表作は「燃えよタマゴン」)。大学在学中の1978年に劇団青年座に入団。前年の1977年、『ぎんざNOW!』(東京放送|TBS)の「素人コメディアン道場」で第18代チャンピオンに輝き、芸能界入り。その後、『TVジョッキー』(日本テレビ系)の素人参加コーナーへ出演し物真似|モノマネ芸でチャンピオンとなり注目される。当時の持ちネタでは「笑いながら怒る人」が有名。1979年12月に、『欽ちゃんの仮装大賞』の欽ちゃんの仮装大賞の作品一覧 (01回-10回)|第一回に出場しモノマネを披露(タイトルは「松田優作のドラキュラ」)、番組初の不合格となる。



    [ 芸能界入り後の活躍ぶり ]

    1983年、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』のオーディションコーナー「飛び出せ!笑いのニュースター」に出場し、グランドチャンピオンとなり脚光を浴びる。同番組で司会を務め、普段は辛口な評論をする横山やすしからも絶賛された。1985年には大竹まこと、きたろう、斉木しげる(以上三人は「シティーボーイズ」)、いとうせいこう、宮沢章夫らと演劇ユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成し、人気を博す。1990年に青年座を退団後、劇作家の岩松了と組んで「竹中直人の会」を開始、2002年に至るまでほぼ一年に一度のペースで公演を行う。1991年、つげ義春の漫画『無能の人』を映画化する際、奥山和由に才能を見出されて主演を務めると共に監督にも抜擢され、同作にて映画監督デビュー。1996年、日本放送協会|NHK大河ドラマ『秀吉 (NHK大河ドラマ)|秀吉』で主演の豊臣秀吉役を務めた。同作は平均視聴率30%を超え、後にモビットのCMで竹中が秀吉役を演じたり、パチスロ機『竹中直人のパチスロ太閤記』が登場するなど、社会現象と呼べるほど反響が大きかった。テレビ朝日『敵は本能寺にあり』(2007年12月放送)にて、他局ではあるが再び秀吉を演じている。1999年、遠藤周作を主人公とした遠藤夫人の回顧録が原作のTBSドラマ『夫の宿題』で遠藤周作役を好演。2006年7月、竹中直人&ワタナベイビーとして、『今夜はブギーバック』をカバー(プロデュース・スチャダラパー)。



    人物


  • 妻・木之内みどりとの間に2人(1女、1男)の子供に恵まれている。血液型はA型。趣味はギター、映画の磁気テープ|ビデオ・DVD収集など。キャラクターや声を自在に操る。俳優や監督としての注目が集まる一方、なおもコメディアンとしてオリジナルビデオ『普通の人々』やTV番組『東京イエローページ』、『竹中直人の恋のバカンス』、『デカメロン』においてシュールなコントを展開。番組終了後もCSにおける再放送やDVDソフト化が実現するなど、現在もお笑いファンからカルト的な支持を得ている。その他様々なラジオのラジオパーソナリティ|パーソナリティやバラエティ番組などの司会を担当している。歌手としても高橋幸宏プロデュースのアルバム『MERCI BOKU』、『イレイザーヘッド』を発表。

  • 木之内との結婚前、美保純と交際して結婚寸前までいったが破局。

  • 2003年、47歳にして普通自動車運転免許オートマチック限定免許|AT限定を取得。

  • 女優の室井滋とは不仲説もあるが、二人ともネタとしてラジオや雑誌でふざけて罵りあっているだけで、実際は何度もドラマで夫婦役(夫婦漫才に近い掛け合いが特徴)などで共演している。

  • かつては漫画家やフォークシンガーを目指していた。『恋のバカンス』のコント中でもギターを片手に自作の歌を披露する事も多く、その演奏・作曲能力は高い(なぜか『夾竹桃』のフレーズをよく使う)。幼少時から絵を描くのが趣味であったという。

  • 好きな音楽は忌野清志郎、フィッシュマンズ、クラムボン、ホフディラン、SUPER BUTTER DOGなど。特にSUPER BUTTER DOGは彼らの楽曲「サヨナラCOLOR」にインスパイアされて同名の映画を制作したほどである。

  • 筋金入りの加山雄三ファン。モノマネやコントに取り入れたほか、楽曲のカヴァーや本人との共演も果たした。

  • 石井隆、押井守、周防正行、矢口史靖監督らの映画作品の常連俳優であり、竹中監督作品『東京日和』では周防監督を郵便配達役に配役して出演させている。



    作品




    [ 監督作品 ]


  • 無能の人 (1991)

  • 119 (映画)|119 (1994)

  • 東京日和 (映画)|東京日和 (1997)

  • 連弾 (映画)|連弾 (2001)

  • サヨナラCOLOR (2005)


    [ シングル ]


  • ポストマンパットのうた(1994年)

  • ドクトクくん(1995年)

  • デカメロン(1997年)

  • 君に星が降る(1997年)

  • 日曜日の食事(1998年)



    [ アルバム ]


  • かわったかたちのいし(1984年)

  • 24HOURS+レスラー

  • 竹中直人の君といつまでも(1995年)

  • siesta?

  • MERCI BOKU(1995年)

  • イレイザーヘッド(1996年)

  • MERCI BOKU,UNPEU BOKU〜LIVE IN JAPAN(1995年)

  • 口笛とウクレレ(2000年)


    [ 参加作品 ]


  • 友情のエール(2006年)

  • :世界中の子供達にサッカーボールを届けるというチャリティー企画「YELL FROM NIPPON」に参加。

  • DEMENTO (シネマティクスディレクター)


    [ 書籍 ]

    文芸評論家の武藤康史は竹中のエッセイを、非常に高く評価している。

  • 芸の無原理(ねじめ正一との共著) 1985.6

  • 『無能の人』のススメ(編集担当) 1991.12

  • 少々おむづかりのご様子 1993.12

  • 朱に交わればしゅらしゅしゅしゅ 1994.11

  • 映画日和(岩松了との共著) 1997.10

  • 月夜の蟹 2000.11 (改題『直人の素敵な小箱』)

  • おぢさんの小さな旅? 2006.3 - 絵本



    出演




    [ テレビドラマ ]


  • 元祖おじゃまんが山田くん(1984年、フジテレビジョン|フジテレビ)

  • ゲゲゲの鬼太郎(1985年、フジテレビ)

  • 太陽にほえろ! 第682話「揺れる命」(1986年、日本テレビ)

  • セーラー服反逆同盟(1986年、日本テレビ放送網|日本テレビ)

  • 世にも奇妙な物語「プリズナー」(1991年)

  • 世にも奇妙な物語「切腹都市(ハラキリシティー)」(1991年)

  • NHK大河ドラマ秀吉_(NHK大河ドラマ)|秀吉(1996年、日本放送協会|NHK)

  • 壬生義士伝 - 斎藤一 役

  • 恋のためらい(1997年、東京放送|TBS)

  • 坊さんが行く(1998年、NHK)

  • 坊さんが行く2(1999年、NHK)

  • ヤマダ一家の辛抱(1999年、TBS)

  • 夫の宿題(1999年、毎日放送、TBS)

  • 伝説の教師(2000年、日本テレビ)

  • ストレートニュース (テレビドラマ)|ストレートニュース(2000年、日本テレビ)

  • 菜の花の沖(2000年、NHK) - 高田屋嘉兵衛 役

  • 怪談百物語(2002年、フジテレビ)- 蘆屋道三役

  • 日曜劇場 GOOD LUCK!!(2003年、TBS)

  • 東京ラブ・シネマ(2003年、フジテレビ)

  • WATER BOYS(2003年、フジテレビ)

  • ライオン先生(2003年、讀賣テレビ放送|読売テレビ)

  • 流転の王妃・最後の皇弟(2003年、テレビ朝日) - 甘粕正彦 役

  • 奥さまは魔女_(テレビドラマ)|奥さまは魔女(2004年、TBS)

  • 連続テレビ小説|NHK朝の連続テレビ小説 天花_(朝ドラ)|天花(2004年、NHK)

  • あいくるしい(2005年、TBS)

  • ボイスレコーダー〜残された声の記録〜ジャンボ機墜落20年目の真実(2005年8月12日、TBS) - 藤田日出男 役

  • 天下騒乱〜徳川三代の陰謀|天下騒乱〜徳川三代の陰謀(2006年、テレビ東京)

  • 戦国自衛隊|戦国自衛隊・関ケ原の戦い(2006年、中京テレビ放送|中京テレビ) - 石田三成 役

  • 都立水商!(2006年3月、日本テレビ) - 矢倉茂夫 役

  • 赤い奇跡(2006年4月、TBS)

  • タイヨウのうた(2006年、TBS)

  • のだめカンタービレ (テレビドラマ)|のだめカンタービレ(2006年10月〜12月、フジテレビ) - フランツ?フォン?シュトレーゼマン 役

  • ホテリアー (日本版)|ホテリアー(2007年4月〜6月、テレビ朝日) - 森本正和 役

  • 島根の弁護士(2007年、フジテレビ) - 山崎晴雄 役

  • ファースト・キス (テレビドラマ)|ファースト・キス(2007年、フジテレビ)

  • 点と線(2007年11月、テレビ朝日) - 石田芳男役

  • 敵は本能寺にあり (2007年12月、テレビ朝日) - 豊臣秀吉|羽柴秀吉 役

  • のだめカンタービレ (テレビドラマ)|のだめカンタービレ in ヨーロッパ(2008年1月、フジテレビ) - フランツ?フォン?シュトレーゼマン 役

  • 4姉妹探偵団(2008年、テレビ朝日)- 佐々本周平 役


    [ テレビ番組 ]


  • ソロモンの王宮(テレビ東京系)

  • 特命リサーチ200X|特命リサーチ200X II(2002年-2004年、日本テレビ)柏木康一郎 役

  • キヤノンスペシャル・光の惑星 5000年の旅(2004年12月、テレビ朝日) スタジオ司会

  • 東京イエローページ(1990年-1991年、TBS)

  • ポンキッキーズ(1993年-2001年、フジテレビ) 人形アニメ 「ポストマンパット」声の出演、楽曲参加・イベント出演

  • 竹中直人の恋のバカンス(1994年-1995年、テレビ朝日)

  • デカメロン(1997年、TBS)

  • 素敵な小箱(2006年、フジテレビ)

  • 森田一義アワー 笑っていいとも!|笑っていいとも!(フジテレビ)テレフォンショッキングゲスト、
    :出演する際には、観客から「笑いながら怒る人やって!」といつも言われている。一度だけ「中野区に住んでるムタトオルです」と言いながらムタトオル名義で出演したことがあるが、結局最後にお友達紹介のときに普通の竹中に戻った。

  • どんぶり5656(1983年、讀賣テレビ放送|よみうりテレビ)

  • なげやり倶楽部(1985年、よみうりテレビ)

  • Naoto Takenaka P.S.45 ( 2006 BS-FUJI )

  • 愛のエプロン(2006年11月8日放送分)

  • 北海道遺産物語(北海道テレビ放送/ナレーション)


    [ 映画 ]


  • 痴漢電車 下着検札(1984年、新東宝)

  • ロケーション(1984年、松竹) - ダボ役

  • 夕ぐれ族(1984年、にっかつ) - 宇津井役

  • ベッドタイムアイズ(1987年、角川ヘラルド・ピクチャーズ|日本ヘラルド映画) - 柳役

  • 私をスキーに連れてって(1987年、東宝) - 所崎役

  • 天使のはらわた 赤い眩暈(1988年、にっかつ) - 村木役

  • 226(1989年、松竹富士) - 磯部浅一役

  • ファンシイダンス(1989年、大映) - 北川光輝役

  • バカヤロー!2 幸せになりたい。第三話「新しさについていけない」(1989年)

  • BEST GUY(1990年、東映) - 管制官役

  • ヒルコ 妖怪ハンター(1991年、松竹富士) - 八部高史役

  • 無能の人(1991年、松竹富士) - ブルーリボン賞 (映画)|ブルーリボン賞主演男優賞

  • ふたり(1991年、松竹) - 医師役 ※同時期放送の日本放送協会|NHK編集版では出演シーンはカット。

  • シコふんじゃった。(1992年、東宝) - 日本アカデミー賞助演男優賞

  • ヌードの夜(1993年、ヘラルド・エース) - 紅次郎(村木)役

  • RAMPO 奥山監督版(1994年) - 江戸川乱歩役

  • RAMPO 黛監督版(1994年) - 江戸川乱歩役

  • BE-BOP-HIGHSCHOOL (1994年の映画)|BE-BOP-HIGHSCHOOL(1994年)

  • GONIN(1995年、松竹)

  • GONIN2(1996年、銃砲店店員役 松竹)

  • 写楽(1995年、松竹) - 大田南畝役

  • Shall we ダンス?(1996年、東宝) - 青木富夫役

  • HAPPYPEOPLE (1997年) −一場面のみ出演

  • 東京日和(1997年、東宝) −監督、主演 島津巳喜男役

  • アンドロメディア(1998年、松竹)

  • 岸和田少年愚連隊 望郷(1998年)

  • 完全なる飼育(1999年、東京テアトル)

  • 三文役者 (2000年、近代映画協会)- 殿山泰司役

  • ウォーターボーイズ(2001年、東宝)

  • Stereo Future SF episode 2002(2001年、東北新社) - 高山龍太郎役

  • およう(2002年、松竹) - 伊藤晴雨役

  • ミスター・ルーキー(2002年、東宝)

  • TRICK 劇場版(2002年、東宝) - 神001番 役

  • 青の炎(2003年)

  • あずみ(2003年、東宝) - 加藤清正役

  • 恋人はスナイパー|恋人はスナイパー 劇場版(2004年、東映)

  • シュレック2(2004年、ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ|UIP) - 長靴をはいた猫|長ぐつをはいた猫役(声の出演)

  • スウィングガールズ(2004年、東宝) - 小澤忠彦役

  • 妖怪大戦争 (2005年の映画)|妖怪大戦争(2005年、松竹) - 油すまし役

  • サヨナラCOLOR(2005年)

  • ピーナッツ (映画)|ピーナッツ(2006年、コムストック)

  • キャッチ ア ウェーブ(2006年、ワーナー)

  • 男はソレを我慢できない(2006年7月29日)

  • 大奥 (映画)|大奥(2006年12月23日) - 谷口新八 役

  • それでもボクはやってない(2007年1月20日)

  • あなたを忘れない(2007年)

  • シュレック3(2007年) - 長靴をはいた猫|長ぐつをはいた猫役(声の出演)

  • ゲゲゲの鬼太郎 (実写映画)|ゲゲゲの鬼太郎(2007年) - そば屋店主役

  • 映画 クロサギ(2008年)

  • ポストマン (2008年の映画)|ポストマン(2008年3月)

  • ぼくたちと駐在さんの700日戦争(2008年4月5日公開予定)

  • 20世紀少年(2008年)

  • まぼろしの邪馬台国 (映画)|まぼろしの邪馬台国(2008年11月、東映)


    [ ビデオ作品 ]


  • 地球防衛少女イコちゃん2 ルンナの秘密(1988年) トビヤマ隊長役

  • 地球防衛少女イコちゃん3 大江戸大作戦(1990年) トビヤマ隊長役

  • 竹中直人の放送禁止テレビ

  • ギニーピッグ4 ピーターの悪魔の女医さん(1990年)

  • ブラック・ビリンセス(1990年)

  • ブローバック(1990年)

  • カルロス(1991年)

  • 普通の人々(監督、出演)

  • バットマンのひみつ(ナレーション)


    [ 舞台 ]


  • 青年座公演「どん底」

  • 青年座公演「パラダイス・オブ・ギンザ」

  • 青年座公演「写楽考」

  • 竹中直人の会 旗揚げ公演「隣の男」

  • 竹中直人の会 第2回公演「鉢植を持つ男」

  • 竹中直人の会 第3回公演「市ヶ尾の坂〜伝説の虹の三兄弟〜」

  • 竹中直人の会 第4回公演「こわれゆく男〜中産階級の然るべき頽廃」

  • 竹中直人の会 第5回公演「月光のつヽしみ」

  • 竹中直人の会 第6回公演「テレビ・デイズ」

  • 竹中直人の会 第7回公演「水の戯れ」

  • 竹中直人の会 第8回公演「隠れる女」

  • 蜷川幸雄演出「四谷怪談」

  • 竹中直人の会 第9回公演「月光のつヽしみ」(2002年)

  • 竹中直人の会 改メ 竹中直人の匙かげん1「唐辛子なあいつはダンプカー!」(2004年)

  • 竹中直人 ハードボイルド・ソーセージ in 下北沢(2005年)


    [ ラジオ ]


  • 竹中直人ハードボイルド・ソーセージ(プロ野球オフシーズン、TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ)


    [ 劇場版アニメ ]


  • アイス・エイジ_(映画)|アイス・エイジ(ディエゴ)

  • イノセンス(キム)

  • お勢登場(語り)

  • カッくんカフェ(1984年、ジョイパックフィルム) - ケンイチ、タコ委員長、ナゾの男役

  • 機動警察パトレイバー 2 the Movie(荒川茂樹)

  • 最終教師|恐怖のバイオ人間 最終教師(茶羽顔八)

  • 劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI(エンテイ、シュリー・スノードン博士)

  • ストレンヂア 無皇刃譚(祥庵)


    [ ゲーム ]


  • 龍が如く 見参! (丸目長恵)


    [ CM ]


  • 大阪ガス

  • 福岡競艇場|福岡競艇

  • アデランス

  • モビット

  • ガリバーインターナショナル|ガリバー

  • トヨタ自動車トヨタ・ラウム|ラウム

  • 久光製薬(のびのびサロンシップ、ブテナロック)

  • 明治乳業

  • 武田薬品工業(タケダ胃腸薬 1984年のシーズン)、ほか

  • NEC VALUESTAR|バリュースター

  • 日産自動車日産・セフィーロ|セフィーロ

  • コカ・コーラ|日本コカ・コーラ(リアルゴールド、ジョージア缶コーヒー・2005年9月〜)

  • 内閣府(政府広報 「ひろがる、NIPPON聖域なき構造改革|構造改革」・2006年2月〜)

  • 東京建物 Brillia

  • SEIKO(SEIKO Avenue)



    映画賞


  • 1991年
    :ヴェネチア国際映画祭(国際批評家連盟賞)「無能の人」
    :ブルーリボン賞_(映画)|ブルーリボン賞(主演男優賞)「無能の人」

  • 1992年
    :日本アカデミー賞(助演男優賞)「シコふんじゃった。」

  • 1995年
    :日本アカデミー賞(助演男優賞)「EAST MEETS WEST」

  • 1996年
    :日本アカデミー賞(助演男優賞)「Shall we ダンス?」



    主なネタ・ものまね・キャラクター


  • 笑いながら怒る人

  • 60年代の生き証人・中津川ジャンボリー君

  • クイズ番組司会者・ショスタコビッチ三郎太

  • ナンの男

  • 一人三役やる人

  • 感情を込めた「あいうえお」

  • 三半規管が丈夫なのでグルグル回っても真っ直ぐ歩ける

  • 人をバカにした態度

  • 「人の事を指さすなよ」

  • 「いやあ、失敬、失敬!」

  • 「アンタ失敬だな!」

  • 「煙草、やめろ!」

  • 「○○で〜ございやす」

  • 松田優作

  • 草刈正雄

  • 丹波哲郎

  • 石立鉄男

  • 加山雄三

  • 田中邦衛

  • 松本清張

  • 遠藤周作

  • 芥川龍之介

  • 武者小路実篤

  • ブルース・リー



    脚注






    外部リンク


  • フロムファーストプロダクションによるプロフィール

  • 竹中直人 - JMDb



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    2008年06月15日

    映画監督[椎名誠]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    椎名誠




    椎名誠(しいなまこと、1944年6月14日 - )は日本の作家、サイエンス・フィクション|SF作家、随筆家|エッセイスト、写真家、映画監督(本名は、渡辺誠)。椎名は旧姓で、結婚したときに妻の渡辺一枝の姓に合わせ渡辺姓となった。妻(元保育士)の渡辺一枝とは親友で弁護士の木村晋介の紹介で結婚。娘の渡辺葉は翻訳家でエッセイスト。息子の『岳物語』のモデルとなった渡辺岳はボクサーで現在は写真家。息子の岳は格闘技、プロレスなども大好きで、彼自身柔道2段。また、マーシャル・アーツなども愛好する。2006年11月に写真活動の集大成ともいえる写真集『ONCE UPON A TIME』(本の雑誌社)を刊行した。



    経歴


  • 東京都世田谷区三軒茶屋に生まれ。父親は公認会計士。千葉県印旛郡酒々井町と千葉市幕張に育つ。特に、小学校1年で世田谷から漁師町である酒々井町に引っ越した際は、非常にカルチャー・ショックを感じたという。千葉市立千葉高等学校卒業。イラストレーターの沢野ひとしは高校時代の同級生。東京写真大学(現東京工芸大学)中退。*異母兄弟の下から二番目に生まれ、長兄とは20歳位離れている。読書が好きで、サイエンス・フィクション|SFやナチュラリズム系の本、海外旅行記などを好んで読んだ。また映画少年でもあった。*小学校6年の時に父親が死に、中学に進学するとガラの悪い学校で、以降、高校まで喧嘩にあけくれる。一方、中学3年で8ミリの自主ニュース映画を撮った。*高校卒業後に、江戸川区小岩のアパート克美荘で、沢野ひとし・木村晋介ら4人で、6畳1間で共同生活をした。東京写真大学は半年でやめ、シナリオライター養成学校に通いながら、皿洗いのバイトなどをする。。*流通業界の専門誌『ストアーズレポート』を刊行しているストアーズ社に入社。この時、\xA1 F~$K$J$k!"9bED1I0l$@$C$?$H$$$&!#JT=8南伸坊『さる業界の人々』(ちくま文庫)の関川夏央の解説より。なお、関川も同時期にエロ漫画雑誌の編集長及び、原作執筆を手がけていたという。*『本の雑誌』誌上での椎名の「面白文体」の文章が評判となり、1979年『さらば国分寺書店のオババ』(情報センター出版局刊)でエッセイストとしてデビューする。その軽快で口語調の文体は嵐山光三郎らの文体とともに昭和軽薄体と呼ばれ、一躍マスコミの寵児となり、ストアーズ社を退社して執筆業に専念する。*沢野ひとし・木村晋介ら仲間と「東日本何でもケトばす会」、通称東ケト会を設立。盛んに、島のなど\xA1 $KN9$7$F!"3$4_$G%-%c%s%W$rD%$j!"<+?f$r$7$F1c2q$7$?!#$=$N3hF0$r! 1980$BG/!"!X$o$7$i$O2x$7$$C581Bb!Y$HBj$7$F=PHG!"%7%j!<%:2=$5$l$?!#*その後は小説に進出、私小説、サイエンス・フィクション|SF小説、超常小説を多数発表。椎名はSF・超常小説を、「シーナワールド」と呼ぶ。*文筆活動以外には、辺境の地への冒険をライフワークとし、ドキュメンタリー番組によく出演するほか、旅先での写真を多数発表。また、本好きの習性として、旅先にも大量の本を持参して読了している。映像プロダクション「ホネ・フィルム」を設立、映画監督の経験もある(現在ホネ・フィルムは解散)。徳島で「川の学校」の講師もつとめた。写真雑誌『アサヒカメラ』の連載などを受け持っている。*『週刊金曜日』の編集委員も務めたが、連載を担当していたほかは実質的な仕事をしていないとしており、表紙写真の担当を降りたことから2007年12月14日号を最後に退任。



    受賞リスト


  • 1988年 『犬の系譜』 吉川英治文学新人賞

  • 1990年 『アド・バード』 日本SF大賞

  • 1993年 『あひるのうたが聞こえてくるよ。』 第10回山路ふみ子映画賞|山路ふみ子映画文化賞。

  • 1995年 『白い馬』 JRA賞馬事文化賞

  • 1996年 『白い馬』 EARTH VISION 地球環境映像祭環境教育映像賞
                 第5回日本映画批評家大賞最優秀監督賞

  • 1997年 『白い馬』 ボーヴェ映画祭グランプリ受賞
                  ポーランド子ども映画祭特別賞



    作品リスト


  • クレジットカードの実務知識

  • さらば国分寺書店のオババ(デビュー作)

  • 気分はだぼだぼソース

  • 岳物語

  • 続・岳物語
    :息子、渡辺岳の成長を捉えた私小説。なお、娘(岳から見た姉)の渡辺葉については本人の希望により一切書かれていないため、岳が一人っ子のように描かれている。なお、作品中では家族名が(「渡辺家」ではなく)「シーナ家」となっていることから、出版社の付録では「フィクション小説」と扱われる場合が多い。『続・岳物語』も同じ。椎名自身はさらに長期にわたって書き続ける予定であったが、息子が、小説の登場人物にされるのを嫌がるようになり、中断した。

  • アド・バード
    :集英社刊。異形の怪物がうろつく世界で、主人公の兄弟が父親を探しに行くというSF大作。作品中の言語感覚には筒井康隆の影響が見られる。日本SF大賞受賞作品。

  • 哀愁の町に霧が降るのだ
    :他称自伝的小説。克美荘時代を中心とした、作者とその仲間たちの生活を書いている。

  • わしらは怪しい探険隊

  • いろはカルタの真実

  • イスタンブールでなまず釣り

  • 砂の海 : 楼蘭・タクラマカン砂漠探検記

  • かつをぶしの時代なのだ

  • ジョン万作の逃亡

  • 風にころがる映画もあった

  • 風のかなたのひみつ島

  • 波のむこうのかくれ島

  • インドでわしも考えた

  • 赤眼評論

  • 風景進化論



  • フグと低気圧

  • 新橋烏森口青春篇(「哀愁の街に〜」の続編)

  • 犬の系譜

  • 熱風大陸 ダーウィンの海をめざして

  • さよなら、海の女たち

  • あやしい探検隊 海で笑う

  • ねじのかいてん

  • 土星を見るひと

  • 白い手

  • 水域

  • 武装島田倉庫

  • 胃袋を買いに。

  • 銀座のカラス(「新橋鳥森口〜」の続編)

  • ハマボウフウの花や風(第102回直木賞候補)

  • 草の海 モンゴル奥地への旅

  • むはの迷走

  • ひるめしのもんだい

  • 地下生活者

  • おろかな日々

  • フィルム旅芸人の記録

  • モンパの木の下で

  • ガリコン式映写装置

  • はるさきのへび
    :本当の“岳物語”がある(姉の事について書かれている。)

  • 南国かつおまぐろ旅

  • 猫殺し その他の短篇

  • 鉄塔のひと その他の短篇

  • ネコの亡命

  • 馬追い旅日記

  • あやしい探検隊 焚火酔虎伝

  • 時にはうどんのように

  • でか足国探検記

  • 麦の道

  • カープ島サカナ作戦

  • 麦酒主義の構造とその応用力学

  • 風の道 雲の旅

  • あやしい探検隊 焚火発見伝
    :林政明と共著。

  • 人生途中対談
    :東海林さだおと共著。

  • みるなの木

  • 本の雑誌血風録
    :本の雑誌ができるまでを、編集の面を中心にして書かれた作品。

  • ギョーザのような月がでた

  • あるく魚とわらう風

  • 海浜棒球始末記

  • 突撃 三角ベース団
    :「浮き球▲(三角)ベースボール」についての本。奄美大島訪問中に、地元の漁師が砂浜で流木のバットと「浮き球」を使って遊んでいた草野球と出会い、その際、持ち帰った浮き球で後日、仲間と始めた三角ベースが原型。椎名は、「全日本浮き球リーグ」、通称「う・リーグ」の創設者。

  • 新宿熱風どかどか団
    :『本の雑誌血風録』の続編。本の雑誌創刊後、椎名がメジャーな文化人になって、色々な仕事をこなすようになるまでを描く作品。

  • あやしい探検隊 バリ島横恋慕

  • ずんが島漂流記

  • ビールうぐうぐ対談
    :東海林さだおと共著。

  • とんがらしの誘惑

  • 問題温泉

  • くじらの朝がえり

  • にっぽん・海風魚旅 怪し火さすらい編

  • もう少しむこうの空の下へ

  • すっぽんの首

  • 焚火オペラの夜だった

  • 春画

  • ハリセンボンの逆襲

  • ぶっかけめしの午後

  • 海ちゃん、おはよう

  • なつのしっぽ

  • いま この人が好きだ!

  • パタゴニア-あるいは風とタンポポの物語り

  • 黄金時代

  • 全日本食えばわかる図鑑
    :2004年から始めた「全日本麺の甲子園大会」の模様が収録されている。



    映画監督作品


  • ガクの冒険

  • うみ・そら・さんごのいいつたえ

  • しずかなあやしい午後に 遠野灘鮫原海岸

  • 白い馬



    脚注




    関連項目


  • 日本の秘境100選

  • 沢野ひとし

  • 木村晋介

  • 野田知佑

  • 群ようこ

  • 目黒考二

  • 中村征夫

  • 青山正明

  • 週刊金曜日



    外部リンク


  • 浮き球.com

  • 椎名誠の「麺の甲子園」ブログ

  • 作家の読書道:第19回 椎名 誠さん

  • 椎名誠 シングルモルトウイスキーの旅


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    2008年06月14日

    映画監督[成瀬巳喜男]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    成瀬巳喜男



    成瀬 巳喜男(なるせ みきお、1905年8月20日 - 1969年7月2日)は、東京都四谷出身の映画監督。



    来歴

    1920年に松竹松竹蒲田撮影所|蒲田撮影所に入社。小道具係、助監督を経て1930年に『チャンバラ夫婦』で監督デビュー。最初はドタバタ喜劇を手がけていたが、1931年の『腰弁頑張れ』で注目を集める。『君と別れて』、『夜ごとの夢』といった作品で頭角を現すようになる。だが監督に昇格しても、個室も与えられず、他の助監督たちとの大部屋暮らし。さらには、他の監督たちが拒否した脚本で撮らされ、そのときの約束「これを撮ったら、次は好きなのを撮らしてやる」も反故にされては、さすがに堪忍袋の緒が切れ、このままではいつまでたってもトーキーを撮らしてもらえないと考え、移籍を決心する。それを知った小津は、「それも良し」と日記に書いている。またこの時期、後の東宝で彼の映画を多数製作することになる藤本真澄とも知りあうことになる。1934年、助監督の山本薩夫とともに、東宝の前身であるPCLに移籍して、初トーキー映画『乙女ごころ三人姉妹』(1935年)を監督する。次いで、中野実の戯曲『女優と詩人』と『妻よ薔薇のやうに』(1935年)を監督。『妻よ-』は批評家から高い評価を受けて『キネマ宗 \Js!Y%Y%9%H1に選ばれる。この作品は『''Kimiko''』と題され、1937年にニューヨークで劇場公開される(アメリカでお金を取って上映された初めての日本映画)。主演女優の千葉早智子と1937年に結婚するが数年後離婚する。大佛次郎原作の『雪崩』(1937年)では黒澤明が助監督をつとめる。黒澤の自伝には、「成瀬さん的には不本意な写真だが、大変勉強になった」の記載がある。戦時下では『鶴八鶴次郎』、『歌行燈』、『芝居道』など「芸道もの」というジャンルで冴えを見せる。戦争直後は民主主義路線映画『浦島太郎の後裔』、『俺もお前も』、『春の目ざめ』といった映画の監督を余儀なくされる。同時期に東宝争議によって東宝撮影所の機能がマヒしたため、成瀬は山本嘉次郎、黒澤明、谷口千吉らと共に東宝を離れ「映画芸術協会」を設立。フリーの立場で東宝、新東宝、松竹、大映などで監督することになる。1951年、林芙美子原作、原節子と上原謙主演の『めし』が高い評価を受ける。東宝復帰後の1955年、『浮雲 (映画)|浮雲』は一般に成瀬の最高傑作とされるばかりでなく、世界映画史に残る恋愛映画とする\xA1 I>2A$,$"$k!#NS86:n$N!X0p:J!Y!"!X:J!Y!"!XHU5F!Y!"!XIb1@ (\xA1 1G2h) |浮雲』、『放浪記』をはじめとして、川端康成原作の『舞姫』、『山の音』、室生犀星原作の『あにいもうと』、『杏っ子』といった純文学作品から、石坂洋次郎原作の『まごころ』、『石中先生行状記』、『くちづけ』といった大衆作品まで幅広いジャンルにわたる文芸映画を中心に、人間の細やかな情感を何気ないやりとりで描ききった。遺作は1967年、司葉子、加山雄三主演の『乱れ雲』。1969年に直腸癌のため死去。なお闘病中、見舞いに訪れた高峰秀子に「白一色の幕を背にして高峰秀子が一人芝居をする」という奇抜な作品の構想を語ったが、実現しなかった。これについては、成瀬と多くの作品でコンビを組んだ名カメラマン・玉井正夫が後年インタビューで「その発言は、成瀬さんが死ぬ間際に弱気になっていたからこそ出た言葉ですよ。成瀬さんは、高峰秀子を個人的には好きではなかったですよ、高峰さんは、人からどういう風に思われているか、良く考えたほうがいいですよ」と、興味深い発言をしている。2005年は生誕100周年にあたり、DVDボックスのリリースや関連書籍の出版、各地の名画座での特集上映などが行われた。


    特徴

    成瀬は女性映画の名手として知られており、とくに高峰秀子とのコンビによって多数の作品を手がける。また小津映画によって神話化された原節子を『めし』、『驟雨 (映画)|驟雨』で起用し、市井に生きる飾らない妻の姿を生き生きと演じさせた。また幸田文原作の『流れる』では高峰を始め、田中絹代、杉村春子、山田五十鈴、岡田茉莉子、中北千枝子、そしてサイレント映画女優の重鎮・栗島すみ子が共演を果たしている。他に戦前では水久保澄子・忍節子・入江たか子・岡田嘉子、戦後では若山セツ子・杉葉子・久我美子・木暮実千代・香川京子・新珠三千代・草笛光子・有馬稲子といった女優が彼の映画で輝きを放っている。女性をいきいきと描けたのは、水木洋子や田中澄江といった女流脚本家による部分が大きいと思われる。スター俳優|男優の意外な起用にも長けており、三船敏郎は『石中先生行状記』、『妻の心』で黒澤映画で見せる男性的魅力とは異なる側面を見せ、三國連太郎は『夫婦』、『妻』で奇妙な味わいを残した。戦前の松竹のスター上原は『めし』以降の諸作で、山村聰とともに飾らない中年男性の姿を手堅く演じつづけた。晩年の『乱れる  Y$H!XMp$l1@!Y$G$O!"!X-%7%j!<%:|若大将』シリーズで人気絶頂だったスター加山から繊細な演技を引き出したことも特筆に値する。また小林桂樹に殺人犯として主役を務めさせたり(『女の中にいる他人』)、その風貌から篤実、凡庸な性格の役回りが多い加東大介に結婚詐欺師(『女が階段を上る時』)や若い女と駆け落ちを繰り返す亭主(『女の座』)を演じさせるなど、名脇役として知られる俳優についても意外な一面を引き出している。数は少ないが子供を主人公とした情感豊かな佳作も手がけており『まごころ』、『秀子の車掌さん』、『なつかしの顔』、『秋立ちぬ』などは隠れた名作である。特に『秋立ちぬ』は、主人公に成瀬本人の幼少時代が重ねられているという意味でも、貴重な作品である。彼の映画を支えていたのは東宝の映画撮影所の優秀な人材によるところも大きく、それは美術監督をつとめた中古智による証言(『成瀬巳喜男の設計』)に詳しい。成瀬は美術に中古、撮影に玉井正夫、照明に石井長四郎、録音に下永尚、音楽に斉藤一郎、といった「成瀬組」と呼ばれた固定スタ\xA1 %C%U$G$N:n6H$r9%$_!"$^$?H`$i$b$=$l$>$l$N;}$D0lN.0J>e$N5;=Q$G@.! @%$r;Y$( $?!#5SK\$K$O?eLZMN;R$,B?$/$N:nIJ$G9W8%$7$F$$$k!#Hs>o$K;~Be@-$r0U<1$7$?4FFD$G$"$j!":nCf$K$5$j$2$J$/Ev;~$N@$Aj$r@9$j9~$`$3$H$,B?$+$C$?!#0lNc$H$7$F!XMp$l$k!Y$G$N8D?M>&E9$H%9!<%Q!<%^!<%1%C%H|スーパーとの価格競争や、『妻として女として』で妻や家族が「三種の神器 (電化製品)|三種の神器」を欲しがるシーン、などがある。こうした設定が伏線として、話の本筋に活かされる事も多い。
    また、戦後の作品では街頭シーンでチンドン屋が登場することが非常に多い。ほとんどは話に絡むことがなく(『めし』でわずかに登場人物が言及する程度である)BGMとしての意味合いも兼ねていたが、成瀬自身が特に好んで取り上げていたと言われている。成瀬の映画で国内外を問わず最も高い評価を受けているのは『浮雲 (映画)|浮雲』であるが、『浮雲』は、その重い雰囲気、こってりとした画調などが成瀬作品として異質であり、『浮雲』をして成瀬の代表作とするべきではないという意見もある。成瀬本人も『浮雲』を自身の最高傑作とは看做していなかったといわれている。スタッフには慕われていたが、無口な性格で付き合いをほとんど持たなかったため、姓名を捩って「ヤルセナキオ」と渾名された。



    評価

    成瀬は国内では生前から一定の評価を得ていたが、それは個性的な映画作家というよりむしろ職人監督としてであった。実際、成瀬は自他共に認める職人監督であり、監督本数も多いがそのためか際立った個性をなかなか見出しづらい。同時代を生きた人の評として有名なものが*蒲田撮影所の城戸四郎所長(後の松竹社長)による「小津は2人いらない」(真偽は不明)。

  • 「『浮雲』は俺にはできないシャシンだ」とする小津発言。

  • 「あの人のシャシンはうまいことはうまいが、いつもキンタマが有りませんね」(津村秀夫著「溝口健二というおのこ」)の溝口健二などである。

    かつて教えを受けた石井輝男は不肖の弟子と自ら認めているが「映画は映画館で上映される数週間だけの命である」とする成瀬の姿勢に敬意を払っていた。また黒澤のスクリプターとして側にいた野上照代は「黒澤さんが一番尊敬してたのは間違いなく成瀬さん」と自著に書いている。国際的名声が高まったのは彼の死から10年以上もたってからで川喜多かしこのような熱心な映画ファンの尽力により1983年のロカルノ国際映画祭の特集上映プログラムがくまれて以降である。フランス映画誌『カイエ・デュ・シネマ』は、彼を小津、溝口健二、黒澤に次ぐ日本の「第4の巨匠」と讃えた。その後、1988年では香港国際映画祭で、1998年にはサン・セバスティアン国際映画祭で特集上映が組まれた。また彼の映画の美術を多数担当した中古智と蓮實重彦とのインタビュー『成瀬巳喜男の設計』(1990年)が筑摩書房から刊行される。ジャン・ピエール・リモザン、レオス・カラックス、ダニエル・シュミット、エドワード・ヤンといった映画監督たちが彼に敬意を表している。シュァ _%C%H$O%I%-%e%a%s%?%j!<1G2h!X=q$+$l$?4i!Y$G!"!XHU5F!Y$N0lIt$r0zMQ$7!"2A$K4X$7$F$O!"D9$/!V@oCf@o8e$K%9%i%s%W$N;~4|$,$"$C$?$,!"!X$a$7!Y$r7@5!$KI|3h$r2L$?$7=w@-1G2h$NL>2A$,8~>e$7$D$D$"$k!#



    監督作品

    ※1953年までの作品は著作権の保護期間が終了したと考えられることから幾つかの作品が現在パブリックドメインDVD|激安DVDで発売中(只、2007年の時点では厳密には監督没後38年以内なので発売差し止めを求められる可能性が有るもののその場合でも保護期間は2007年一杯までなので期間を考えれば皆無と言って良い)。




    外部リンク


  • キネマ旬報データベース「成瀬巳喜男

  • 日本映画データベース「成瀬巳喜男

  • 成瀬巳喜男 記憶の現場(生誕100周年記念映画)

  • 成瀬巳喜男のお墓

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    2008年06月13日

    映画監督[成瀬巳喜男]

    お待たせ!
    映画ファン「映画監督・評論家編」
    成瀬巳喜男



    成瀬 巳喜男(なるせ みきお、1905年8月20日 - 1969年7月2日)は、東京都四谷出身の映画監督。



    来歴

    1920年に松竹松竹蒲田撮影所|蒲田撮影所に入社。小道具係、助監督を経て1930年に『チャンバラ夫婦』で監督デビュー。最初はドタバタ喜劇を手がけていたが、1931年の『腰弁頑張れ』で注目を集める。『君と別れて』、『夜ごとの夢』といった作品で頭角を現すようになる。だが監督に昇格しても、個室も与えられず、他の助監督たちとの大部屋暮らし。さらには、他の監督たちが拒否した脚本で撮らされ、そのときの約束「これを撮ったら、次は好きなのを撮らしてやる」も反故にされては、さすがに堪忍袋の緒が切れ、このままではいつまでたってもトーキーを撮らしてもらえないと考え、移籍を決心する。それを知った小津は、「それも良し」と日記に書いている。またこの時期、後の東宝で彼の映画を多数製作することになる藤本真澄とも知りあうことになる。1934年、助監督の山本薩夫とともに、東宝の前身であるPCLに移籍して、初トーキー映画『乙女ごころ三人姉妹』(1935年)を監督する。次いで、中野実の戯曲『女優と詩人』と『妻よ薔薇のやうに』(1935年)を監督。『妻よ-』は批評家から高い評価を受けて『キネマ宗 \Js!Y%Y%9%H1に選ばれる。この作品は『''Kimiko''』と題され、1937年にニューヨークで劇場公開される(アメリカでお金を取って上映された初めての日本映画)。主演女優の千葉早智子と1937年に結婚するが数年後離婚する。大佛次郎原作の『雪崩』(1937年)では黒澤明が助監督をつとめる。黒澤の自伝には、「成瀬さん的には不本意な写真だが、大変勉強になった」の記載がある。戦時下では『鶴八鶴次郎』、『歌行燈』、『芝居道』など「芸道もの」というジャンルで冴えを見せる。戦争直後は民主主義路線映画『浦島太郎の後裔』、『俺もお前も』、『春の目ざめ』といった映画の監督を余儀なくされる。同時期に東宝争議によって東宝撮影所の機能がマヒしたため、成瀬は山本嘉次郎、黒澤明、谷口千吉らと共に東宝を離れ「映画芸術協会」を設立。フリーの立場で東宝、新東宝、松竹、大映などで監督することになる。1951年、林芙美子原作、原節子と上原謙主演の『めし』が高い評価を受ける。東宝復帰後の1955年、『浮雲 (映画)|浮雲』は一般に成瀬の最高傑作とされるばかりでなく、世界映画史に残る恋愛映画とする\xA1 I>2A$,$"$k!#NS86:n$N!X0p:J!Y!"!X:J!Y!"!XHU5F!Y!"!XIb1@ (\xA1 1G2h) |浮雲』、『放浪記』をはじめとして、川端康成原作の『舞姫』、『山の音』、室生犀星原作の『あにいもうと』、『杏っ子』といった純文学作品から、石坂洋次郎原作の『まごころ』、『石中先生行状記』、『くちづけ』といった大衆作品まで幅広いジャンルにわたる文芸映画を中心に、人間の細やかな情感を何気ないやりとりで描ききった。遺作は1967年、司葉子、加山雄三主演の『乱れ雲』。1969年に直腸癌のため死去。なお闘病中、見舞いに訪れた高峰秀子に「白一色の幕を背にして高峰秀子が一人芝居をする」という奇抜な作品の構想を語ったが、実現しなかった。これについては、成瀬と多くの作品でコンビを組んだ名カメラマン・玉井正夫が後年インタビューで「その発言は、成瀬さんが死ぬ間際に弱気になっていたからこそ出た言葉ですよ。成瀬さんは、高峰秀子を個人的には好きではなかったですよ、高峰さんは、人からどういう風に思われているか、良く考えたほうがいいですよ」と、興味深い発言をしている。2005年は生誕100周年にあたり、DVDボックスのリリースや関連書籍の出版、各地の名画座での特集上映などが行われた。


    特徴

    成瀬は女性映画の名手として知られており、とくに高峰秀子とのコンビによって多数の作品を手がける。また小津映画によって神話化された原節子を『めし』、『驟雨 (映画)|驟雨』で起用し、市井に生きる飾らない妻の姿を生き生きと演じさせた。また幸田文原作の『流れる』では高峰を始め、田中絹代、杉村春子、山田五十鈴、岡田茉莉子、中北千枝子、そしてサイレント映画女優の重鎮・栗島すみ子が共演を果たしている。他に戦前では水久保澄子・忍節子・入江たか子・岡田嘉子、戦後では若山セツ子・杉葉子・久我美子・木暮実千代・香川京子・新珠三千代・草笛光子・有馬稲子といった女優が彼の映画で輝きを放っている。女性をいきいきと描けたのは、水木洋子や田中澄江といった女流脚本家による部分が大きいと思われる。スター俳優|男優の意外な起用にも長けており、三船敏郎は『石中先生行状記』、『妻の心』で黒澤映画で見せる男性的魅力とは異なる側面を見せ、三國連太郎は『夫婦』、『妻』で奇妙な味わいを残した。戦前の松竹のスター上原は『めし』以降の諸作で、山村聰とともに飾らない中年男性の姿を手堅く演じつづけた。晩年の『乱れる  Y$H!XMp$l1@!Y$G$O!"!X-%7%j!<%:|若大将』シリーズで人気絶頂だったスター加山から繊細な演技を引き出したことも特筆に値する。また小林桂樹に殺人犯として主役を務めさせたり(『女の中にいる他人』)、その風貌から篤実、凡庸な性格の役回りが多い加東大介に結婚詐欺師(『女が階段を上る時』)や若い女と駆け落ちを繰り返す亭主(『女の座』)を演じさせるなど、名脇役として知られる俳優についても意外な一面を引き出している。数は少ないが子供を主人公とした情感豊かな佳作も手がけており『まごころ』、『秀子の車掌さん』、『なつかしの顔』、『秋立ちぬ』などは隠れた名作である。特に『秋立ちぬ』は、主人公に成瀬本人の幼少時代が重ねられているという意味でも、貴重な作品である。彼の映画を支えていたのは東宝の映画撮影所の優秀な人材によるところも大きく、それは美術監督をつとめた中古智による証言(『成瀬巳喜男の設計』)に詳しい。成瀬は美術に中古、撮影に玉井正夫、照明に石井長四郎、録音に下永尚、音楽に斉藤一郎、といった「成瀬組」と呼ばれた固定スタ\xA1 %C%U$G$N:n6H$r9%$_!"$^$?H`$i$b$=$l$>$l$N;}$D0lN.0J>e$N5;=Q$G@.! @%$r;Y$( $?!#5SK\$K$O?eLZMN;R$,B?$/$N:nIJ$G9W8%$7$F$$$k!#Hs>o$K;~Be@-$r0U<1$7$?4FFD$G$"$j!":nCf$K$5$j$2$J$/Ev;~$N@$Aj$r@9$j9~$`$3$H$,B?$+$C$?!#0lNc$H$7$F!XMp$l$k!Y$G$N8D?M>&E9$H%9!<%Q!<%^!<%1%C%H|スーパーとの価格競争や、『妻として女として』で妻や家族が「三種の神器 (電化製品)|三種の神器」を欲しがるシーン、などがある。こうした設定が伏線として、話の本筋に活かされる事も多い。
    また、戦後の作品では街頭シーンでチンドン屋が登場することが非常に多い。ほとんどは話に絡むことがなく(『めし』でわずかに登場人物が言及する程度である)BGMとしての意味合いも兼ねていたが、成瀬自身が特に好んで取り上げていたと言われている。成瀬の映画で国内外を問わず最も高い評価を受けているのは『浮雲 (映画)|浮雲』であるが、『浮雲』は、その重い雰囲気、こってりとした画調などが成瀬作品として異質であり、『浮雲』をして成瀬の代表作とするべきではないという意見もある。成瀬本人も『浮雲』を自身の最高傑作とは看做していなかったといわれている。スタッフには慕われていたが、無口な性格で付き合いをほとんど持たなかったため、姓名を捩って「ヤルセナキオ」と渾名された。



    評価

    成瀬は国内では生前から一定の評価を得ていたが、それは個性的な映画作家というよりむしろ職人監督としてであった。実際、成瀬は自他共に認める職人監督であり、監督本数も多いがそのためか際立った個性をなかなか見出しづらい。同時代を生きた人の評として有名なものが*蒲田撮影所の城戸四郎所長(後の松竹社長)による「小津は2人いらない」(真偽は不明)。

  • 「『浮雲』は俺にはできないシャシンだ」とする小津発言。

  • 「あの人のシャシンはうまいことはうまいが、いつもキンタマが有りませんね」(津村秀夫著「溝口健二というおのこ」)の溝口健二などである。

    かつて教えを受けた石井輝男は不肖の弟子と自ら認めているが「映画は映画館で上映される数週間だけの命である」とする成瀬の姿勢に敬意を払っていた。また黒澤のスクリプターとして側にいた野上照代は「黒澤さんが一番尊敬してたのは間違いなく成瀬さん」と自著に書いている。国際的名声が高まったのは彼の死から10年以上もたってからで川喜多かしこのような熱心な映画ファンの尽力により1983年のロカルノ国際映画祭の特集上映プログラムがくまれて以降である。フランス映画誌『カイエ・デュ・シネマ』は、彼を小津、溝口健二、黒澤に次ぐ日本の「第4の巨匠」と讃えた。その後、1988年では香港国際映画祭で、1998年にはサン・セバスティアン国際映画祭で特集上映が組まれた。また彼の映画の美術を多数担当した中古智と蓮實重彦とのインタビュー『成瀬巳喜男の設計』(1990年)が筑摩書房から刊行される。ジャン・ピエール・リモザン、レオス・カラックス、ダニエル・シュミット、エドワード・ヤンといった映画監督たちが彼に敬意を表している。シュァ _%C%H$O%I%-%e%a%s%?%j!<1G2h!X=q$+$l$?4i!Y$G!"!XHU5F!Y$N0lIt$r0zMQ$7!"2A$K4X$7$F$O!"D9$/!V@oCf@o8e$K%9%i%s%W$N;~4|$,$"$C$?$,!"!X$a$7!Y$r7@5!$KI|3h$r2L$?$7=w@-1G2h$NL>2A$,8~>e$7$D$D$"$k!#



    監督作品

    ※1953年までの作品は著作権の保護期間が終了したと考えられることから幾つかの作品が現在パブリックドメインDVD|激安DVDで発売中(只、2007年の時点では厳密には監督没後38年以内なので発売差し止めを求められる可能性が有るもののその場合でも保護期間は2007年一杯までなので期間を考えれば皆無と言って良い)。




    外部リンク


  • キネマ旬報データベース「成瀬巳喜男

  • 日本映画データベース「成瀬巳喜男

  • 成瀬巳喜男 記憶の現場(生誕100周年記念映画)

  • 成瀬巳喜男のお墓

    Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL
  • posted by れびゅんAE86 at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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